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『判決、ふたつの希望』 

 
       

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作品データ
原題 L'insulte
制作年・国 2017年 レバノン、フランス
上映時間 1時間53分
監督 ジアド・ドゥエイリ
出演 カメル・エル=バシャ、クリスティーン・シュウェイリー、カメール・サラーメ
公開日、上映劇場 2018年8月31日(金)~大阪ステーションシティシネマ、シネ・リーブル神戸にて公開
 
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~ささいな口論が政治問題に! キーワードは「侮辱」~

 
日ごろ、いろんな人との会話の中で、ごくたまにカチンとくることありませんか。自分の矜持やこだわっている事(モノ)をバカにされたり、過小評価されたり、あるいは欠点を露骨に指摘されたりしたときです。とりわけアイデンティティー、出生、家族のことに関わると、ヒートアップします。幼いころの口喧嘩で、「おまえのお母ちゃん、出べそ!」と言われると、たいてい取っ組み合いの喧嘩になっていました。
 
本作の2人はもっとシリアスです。舞台は中東レバノンの首都ベイルート。建築工務店に勤めているヤーセルはパレスチナ難民で、不法就労者です。しかし責任感の強い生真面目な分別ある中年男性で、紳士然としています。宗教はイスラム教のスンニ派。
 
どうしてレバノンにパレスチナ難民がいるかというと――。1948年、世界に散らばっていたユダヤ人がパレスチナの地に集結し、イスラエルを建国した際、先住のパレスチナ人が追われ、難民となりました。これがパレスチナ問題です。当然のように彼らの一部が隣国レバノンにも移住してきました。
 
 
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現在、国内に12か所の難民キャンプがあり、約40万人が暮らしているそうです。レバノン人にすれば、同じアラブ人とはいえ、どうしても厄介者に映り、かといって国外追放もできず、難民のまま放置しているのが現状。ヤーセルも難民キャンプで生活しています。
 
そんな彼が現場監督として違法建築住宅のベランダのパイプを修理したことで、住人のトニーが激高します。この男、マロン派キリスト教徒のレバノン人。マロン派は中東で信仰の厚いカトリックの一派です。レバノンは中東の真ん中にあり、イスラム一色のイメージが強いのですが、キリスト教徒が40%もいます。そうそう、イスラム教徒ヤーセルの妻もキリスト教徒です。
 
 
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ヤーセルとトニーは共にアラブ人なので、公用語のアラビア語を話します。民族的には同じで、宗教と生まれ育った環境が違うだけです。しかし、ひと言喋れば、方言でどこの出身かわかるみたい。彼らが初めて言葉を交わした瞬間、ヤーセルがパレスチナ人であることをトニーが看破。それがドラマの真の発端となります。
 
映画の冒頭、トニーが右派政党のレバノン軍団の集会に参加している姿が映ります。日本人にはワケがわからず、何のこっちゃといった感じですよね。この政党、反パレスチナを鮮明にしており、その熱狂的支持者であるトニーも同じ考えの持ち主です。ちょっと原理主義っぽい。だから、パレスチナ人のヤーセルに対して攻撃的になったのです。それでも度が過ぎていました。その理由はあとで分かります。
 
現場でちょっとしたトラブル(口害?)があり、工務店の社長が穏便に済まそうと、ヤーセルを伴ってトニーに謝罪に行かせます。険悪な雰囲気ながらも、ヤーセルはしぶしぶ謝ろうとするのですが、その最中、トニーがとんでもない言葉を発します。
 
「シャロンに抹殺されていればよかった!」
 
 
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中東情勢に疎い日本人からすれば、これも分かりにくい。ぼくはこの辺りの歴史に興味があるので、ピンときました。シャロンとはイスラエルの元首相です。この人が国防相のときの1982年、いろんな事情があってイスラエル軍がレバノンに侵攻し、パレスチナ難民とゲリラを掃討したのです。つまりヤーセルにとっては憎むべき人物!! 名前も聞きたくなかったでしょう。
 
トニーの言葉が胸にグサリと突き刺さる。温厚なヤーセルですらカチンときた。そして反射的に暴力をふるってしまった。そこから裁判沙汰となり、物語がうねりを上げてドラマチックに展開していきます。庶民のささいな口論なのに、パレスチナ難民+彼らを擁護するグループと反パレスチナの一団がガチンコでぶつかり合い、あれよあれよと言う間に国を二分する政治問題へと発達していきます。
 
 
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ヤーセルには人権擁護を訴える若手女性弁護士、片やトニーには反パレスチナを唱える老獪の弁護士がつき、法廷で激論を交わします。謝罪の言葉を求めているだけのトニーとそれに応じようとしているヤーセルの意向が無視され、ここまで騒ぎが大きくなるとはびっくりポン。こんな刺激的な法廷劇を観たことがありませんわ。
 
レバノン内戦やイスラエルとの関係など中東事情を少し知っておれば、この映画はさらに面白く観ることができると思います。しかしべつに知らなくても、十分、楽しめます。なぜなら普遍的なテーマを扱っているからです。
 
人間誰しも過去にいろんな苦しみを体験しており、それに触れてほしくない場合だってあります。ところが、相手がつい感情的になって土足で上がり込まれ、その「トラウマ」を掘り返されたら、パニックになり、理性を失います。屈辱的な暴言=暴力。そのことをこの映画は切々と訴えていました。
 
ヤーセルは難民という社会的弱者です。実はトニーも幼いころに言い知れぬ酷い体験をしていることが分かってきます。お互い立場は違えども、同じ弱者なのです。だから共感し合えるのですが、政治的にはべつのベクトルが働き、そう簡単に事が収まらない現状もしっかり描かれていました。
 
本作はジアド・ドゥエイリ監督の実体験に基づいて映画化されました。物語の成り行きが読めず、かくもハラハラドキドキさせられ、結果的には納得できる着地点にもっていった手腕は素晴らしい。「楽観的で人道主義的なトーンで描いている」。監督の思いが生かされ、心地よい余韻に浸れました。原題はズバリ、「屈辱」。人間の本質を突いた傑作でした!!
 
武部 好伸(エッセイスト)
 
公式サイト⇒ http://longride.jp/insult/
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