制作年・国 | 2018年 日本 |
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上映時間 | 2時間 |
監督 | 是枝裕和 |
出演 | リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒方直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美/柄本明、高良健吾、池脇千鶴/樹木希林他 |
公開日、上映劇場 | 2018年6月2,3日~先行上映、6月8日~全国ロードショー |
~辛い現実の中生きる“家族”のささやかな幸せを掬い取る~
第71回カンヌ国際映画祭で、97年の今村昌平監督作『うなぎ』以来21年ぶりのパルムドール賞を受賞した是枝裕和監督の『万引き家族』。審査委員長のケイト・ブランシェットは「インビジブルピープル(社会で見過ごされている人)」が今年のテーマだったと総括していたが、今回是枝監督が描いたのは、まさに、一人一人が様々な心の闇を抱えた“家族”の物語だ。平成の時代から忘れ去られ、昭和の息遣いが残っているような、東京スカイツリーのてっぺんがかすかに見える場所に佇むぼろ家だが、そこからは日々家族の笑い声が溢れている。崩壊していく家族を描くのではなく、様々な思惑でつながる他人が“家族”となれるのか。新しいアプローチで、今まで見つめてきた家族を改めて問い直した是枝監督の集大成的作品だ。
万引きで生計を立てている治(リリー・フランキー)は、息子の祥太(城桧吏)と一仕事をした帰り道で、ベランダに出されて震える女の子(佐々木みゆ)を見つけ、不憫さから家に連れて帰る。妻の信代(安藤サクラ)は、最初は自宅に帰そうとしたが、ゆりと名乗る彼女の世話をしようと決意する。信代の妹の亜紀(松岡茉優)、祖母の初枝(樹木希林)の6人家族は、初枝の年金を頼りにしながら、ささやかに暮らしていたが…。
息子の祥太に万引きのやり方を仕込み、ペアで行動している治は、父と息子の絆を大事にしたくて仕方がない。ちょっとした時のグーパンチや、海で思春期間近の息子に対するアドバイスなど、父と息子の普通の親子にありそうな時間を愛おしく感じている。そんな様子をずっと引いたキャメラで俯瞰的に捉えるのは、今回是枝監督と初タッグを組んだ撮影の近藤龍人だ。秘密基地の廃車にいた祥太を迎えにいった帰りの追いかけっこや、積もった雪で雪ダルマを作る二人は、どこにでもいる親子そのものだ。親子の情景を心に残る思い出の1ページのように捉えている。一方、狭い家で自分の部屋もなく、学校にも行けない祥太は、押し入れの一角だけが自分の場所。それでも初枝たちとの暮らしや、妹になったゆりを連れての散歩、信代とラムネを飲みながらのゲップ合戦など、ちょっとした日常の一コマに幸せが滲んでいる。
初枝を演じる樹木希林、信代を演じる安藤サクラ、そして亜紀を演じる松岡茉優は、皆ノーメイクで、過去を匂わせる女たちを見事に演じている。年金目当ての同居人がおり、あてにされている立場の信代も、亜紀の父から定期的にお金をもらいに行くしたたかな顔を持ち合わせているし、亜紀が信代と暮らしているのも家庭にいづらい事情がある。そんな憂さを晴らすかのようにJK見学店で働く亜紀が、物言わぬ客、4番さんに心を許す様子は、真っ暗闇に射す1点の光のようだ。
さらに、傷ついたゆりの世話をし、クリーニング店をリストラされても決して後ろは向かない信代の生命力に圧倒される。是枝監督には珍しい夫婦の濡れ場シーンもどこか微笑ましく、シミーズ姿で仲良く素麺をすするシーンは、エドワード・ヤン監督の映画を観ているような多幸感に包まれた。その後、ある事件をきっかけに、“家族”はバラバラになり、思わぬ過去が明かされていく。それでも、永遠に一緒にはいられないからこそ、今を大事に過ごし、幸せを噛みしめた家族だったのではないか。日ごろ事件を耳にすると、その裏にあった被害者、加害者の心情にまでなかなか思い至らないが、視点を変えるとこんなに豊かな物語が立ち上がる。劇中で登場するレオ=レオニーの絵本「スイミー」の魚たちのように、今もどこかで肩を寄せ合っているのではないかと夢想したくなる、寓話のような風合いがいい。家族神話が崩壊しつつある今、それぞれのやり方で、家族と自分の関係を改めて問うラストは、新しい家族像を模索する未来につながると信じたい。
(江口由美)