原題 | Phantom Thread |
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制作年・国 | 2017年 アメリカ |
上映時間 | 2時間10分 |
監督 | 監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン |
出演 | ダニエル・デイ=ルイス、ヴィッキー・クリープス、レスリー・マンヴィル、ブライアン・グリーソン他 |
公開日、上映劇場 | 2018年5月26日(土)~シネ・スイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、シネ・リーブル神戸 ほか全国順次ロードショー |
受賞歴 | 第90 回(2018年)アカデミー賞 衣装デザイン賞受賞:マーク・ブリッジス |
運命の恋は、もつれてもつれて、
複雑に絡まり合った糸のように
映画の冒頭、神経質な表情の初老の男レイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)が身づくろいをしている。髪をとかし、肌に白粉のようなものを塗りつける。その所作を見るだけで、彼の気難しさが伝わってくる。
1950年代のロンドン、秀でたデザインと技術により、オートクチュール界でカリスマ的な地位を占めている仕立て屋のレイノルズは、たまたま立ち寄ったレストランで、若きウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)と出会う。垢抜けないアルマの中に潜む美の原石を見つけたレイノルズは、創作活動にインスピレーションを与えてくれるミューズとして、自分の世界に彼女を導き入れるのだったが…。
ダニエル・デイ=ルイスは本作を最後に引退すると表明したが、彼の映画人生における私の一番のお気に入りは、『存在の耐えられない軽さ』(フィリップ・カウフマン監督・1988年)だ。レナ・オリンとジュリエット・ビノシュを相手に、デカダンスと切なさが入り交じる二股恋愛を鮮烈に表現した。ジュリエット・ビノシュ演じたテレーザと本作のアルマは共にウェイトレスで、相似形のよう。
以前から思っていたのだが、熟年の好色っぽい役柄がぴたりとはまるのが、ジェレミー・アイアンズとこのダニエル・デイ=ルイスではないだろうか。本作でも、アルマと出会うシーンに注目。ああいうねちっこい視線で追いかけられると、全拒絶か全受容のどちらかだろうなあと思ったりしてしまうのだ。
しかしながら、本作では、男の単なる一目惚れではない。職業柄、自分の仕事を存分に輝かせるための道具として、男は彼女の身体を見ているのだ(と書くと、フェミニストたちから非難を浴びるだろうが、レイノルズというこの男の考え方感じ方そのものが反フェミニズムで、姉とのどこか依存的な関係性もねじれた部分がある)。それだからこそ、生活を共にした後、すぐに違和感を覚え始める。特に、アルマが食事中に立てる音に彼は我慢できず、小さなことは、イライラを募らせる大きな要因となっていく。
そして、ある地位を得たアルマは驚くべきしたたかさを身につけ、二人の愛憎劇はとんでもない姿を私たちの前に晒す。ウェディングドレス姿の母親だとか、後半に登場する“キノコ”だとか、ゴシック・ロマンス的な要素があるのだが、時折りふっと笑わせられるのはなぜだろう。この物語の何が滑稽なのか、実はその正体を今も私は探っている。
本年のアカデミー賞では、衣装デザイン賞に輝いた。クラシックな要素を持ちつつ、現代人の感性にも訴えるエレガントなドレスの数々をお楽しみあれ。題名の「ファントム・スレッド」とは、幻の糸を意味し、ヴィクトリア朝時代に王侯貴族の服づくりに携わったお針子たちが、あまりに長時間の労働を強いられたため、仕事が終わっても見えない糸を縫い続けたということに由来するのだそう。
人智を超えた見えない力という意味も込められているのだとしたら、人と人の出会いや愛憎は「神のみぞ知る」領域なのかもしれないと感じさせる結末である。
(宮田 彩未)
公式サイト⇒ http://www.phantomthread.jp/
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