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『ラッキー』

 
       

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作品データ
原題 Lucky 
制作年・国 2017年 アメリカ 
上映時間 1時間28分
監督 監督:ジョン・キャロル・リンチ  脚本:ローガン・スパークス、ドラゴ・スモーニャ
出演 ハリー・ディーン・スタントン(『パリ、テキサス』『レポマン』『ツイン・ピークス』)、デヴィッド・リンチ、ロン・リビングストン(『セックス・アンド・ザ・シティ』)、エド・ベグリー・ジュニア、トム・スケリット、べス・グラント、ジェイムズ・ダレン、バリー・シャバカ・ヘンリー
公開日、上映劇場 2018年4月7日(土)~テアトル梅田、5月26日(土)~元町映画館、京都シネマ、全国順次公開

 

90歳。“枠”を越えて生きられるめでたさよ――
俳優・ハリー・ディーン・スタントン流、“終活のススメ”

 

佐藤愛子氏が90歳を越えてヤケクソで書いたというエッセイ集「九十歳。何がめでたい」が、2017年年間ベストセラー総合1位になったそうだ。老いを自覚しながらも、人生で後悔したことや虚栄の輩をバッサリ斬るなど、本音炸裂の痛快さが実に面白い。90歳まで達者で暮らせるだけでも儲けもんと思うが、何かに依存することなく自立した精神を持ち続ける、その強さに感服してしまった。


rucky-500-5.jpg本作の主人公ラッキーも、その名の通り90歳にして、「遺伝子的にラッキーで、丈夫過ぎるジイさん!」と医者に言われている人物である。かといって、エベレスト登頂したりスカイダイビングしたり、人助けに尽力する訳ではない。誰にも迷惑を掛けず、生活のリズムを守り、タバコもお酒も好きなだけたしなむ。「今さら禁煙するのは返って毒」と言われる始末。現実主義者だが偉ぶることなく、悪態をつくがユーモアも忘れない、ぶっきら棒で飄々とした憎めないキャラクターは、主役のハリー・ディーン・スタントンそのものなのだ。


rucky-500-1.jpg長年名脇役として活躍し人望も厚いハリーは、昨年9月に91歳で亡くなった。『パリ・テキサス』(1984年)以来の主演作となる本作では、アリゾナの荒野を彷徨うことなくスタスタと歩いている。ハリーのアシスタントを務めていた長年の友人が脚本を書いて、デヴィッド・リンチ(6作品にハリーを起用した監督)やトム・スケリットをはじめ往年の友人たちが脇を固めている。ハリーの子供の頃のエピソードや、太平洋戦争では海軍として沖縄戦に参加したことなど、体験談や生活スタイル、性格、人生観が数多く盛り込まれているのだ。


rucky-500-6.jpgラッキーは、朝起きるとタバコに火を点け、洗面整髪髭剃り、コップ一杯のミルクとコーヒー、ヨガ体操をしてまたタバコ。クローゼットには同じ色柄のワークシャツとジーンズが3着ずつあり、着る物に迷うことはない。そして、サボテンが生い茂る荒野を歩いて、行きつけのダイナーへ行ってパズルをし、帰りには食料品店に寄ってミルクとタバコを買う。家でもパズルをしたりクイズ番組を観たりして頭の体操も欠かさない。夜は「エレインのバー」でセロリの突き刺さったブラッディ・メアリーを飲みながら、常連客とお喋りするのが日課。


rucky-500-2.jpgもう何年もそんな生活を繰り返してきたが、ある朝倒れてしまう。検査の結果は、異常なし!? 「じゃあ、なぜ倒れたの?」――「加齢のせい」だと言われる。一人暮らしでも何不自由なく生きてきたラッキーだったが、「寄る年波には勝てない」と、死を意識するようになる。子供の頃にツグミを誤って撃ってしまったことや、暗闇を怖れてパニックを起こしたことなど、悲しみと恐怖が甦っては、ラッキー独自の「無(ナッシング)」の境地へと繋がっていく。


rucky-500-3.jpg飄々として我が道をいくタイプのラッキーが、宗教に頼らず「現実主義」を貫くあたりはアッパレだ。だが、「本当は、怖いんだ」と弱さも見せる。終盤、バーで人生観を語り、「無(ナッシング)」の境地を語る演技は圧巻。こんなにハリー自身の人生を反映した映画を作ってもらって、本当に幸せだと思う。それ程、ハリーが皆に愛されていた証でもあろうが


rucky-500-4.jpg親友のハワード役にデヴィッド・リンチ監督が扮している。「王の気高さとおばあさんの優しさがある」という大切なリクガメが失踪して悲嘆にくれたり、「この宇宙には人間よりも偉大なものがある。リクガメもその一つだ!」と泣き伏してしまったりと、彼の妙演がまた強烈。


絶妙な音楽シーンにも注目して楽しんで頂きたい。暗闇を恐がるラッキーが夜中目覚めるシーンではジョニー・キャッシュの「I SEE A DARKNESS」がその心情を物語る。散歩するシーンで流れるハーモニカ演奏の「RED RIVER VALLEY」は、ハリー自身の演奏だという。ハリーの自宅で収録したらしい。 さらに、90歳のラッキーが10歳の少年の誕生日パーティーに招かれたシーンでは、突然「VOLVR,VOLER」を歌い出して、失った愛を切々と歌う姿に心掴まれてしまった。そして、エンディングではハリーへのトリビュート曲「THE MAN IN THE MOONSHINE」が流れ、最後までハリーへの敬意にあふれた映画となった。ジョン・キャロル・リンチ監督の人柄もにじみ出ていたようだ。

いつかはおとずれる人生の終わりには、ラッキーが言うように「微笑めばいい」――そう、怖がらなくてもいいのだ。なんだか心が軽くなった気がした。


(河田 真喜子)

 公式サイト⇒ http://www.uplink.co.jp/lucky/

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