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『はじまりの街』 

 
       

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作品データ
原題 La vita possibile 
制作年・国 2016年 イタリア
上映時間  1時間47分
監督 イバーノ・デ・マッデオ
出演 マルゲリータ・ブイ、ヴァレリア・ゴリノ、アンドレ・ピットリーノ、カテリーナ・シェルハ、ブリュノ・トデスキーニ
公開日、上映劇場 2017年11月18日(土)~シネ・リーブル梅田、京都シネマ、12月2日(土)~シネ・リーブル神戸、 他全国順次公開

 

~♪この世に人生よりいいものはない♪~

 

並んで自転車をこぎながらチームメイトの話をする二人のサッカー少年。チャオ!と手を振って別れる姿には、明日も会えると信じて疑わない様子が見て取れる。しかし、物語は急展開を見せ、わずか5分で場面は列車内へと切り替わる。DV夫から逃れ母子はローマからトリノへ。これだけで一気に心をつかまれる!ぎりぎりまで省略して大意を取らせる、とても映画的なシーンだ。息子ヴァレリオ(アンドレア・ビットリーノ)のすねたような横顔、気遣わしげな母アンナ(マルゲリータ・ブイ)の表情、イタリアの中心都市から北上してゆく特急列車。こんな道行きでなければ胸躍るはずの車窓の風景も、今はむなしく流れてゆくだけだ。


hajimarimachi-500-1.jpg母子が頼った友人カルラ(ヴァレリア・ゴリーノ)の家はメインストリートにあり、壁には落書き、近くのカフェでは店主が誰かと揉めている。13歳のヴァレリオには慣れないことだらけだ。家にはテレビもなく学校にも馴染めない異邦人のヴァレリオが、唯一気分転換できるのは自転車に乗って街を走っている時だけ。行動半径が広がったとき、人は少しだけ自由になれるから。見知らぬ風景がしだいに馴染みの景色になってゆき、よそよそしかった街が少しづつ身近になる。


hajimarimachi-500-3.jpg暇を持て余し街を疾走する中、ヴァレリオはストリートガールのラリッサ(カテリーナ・シェルハ)と出会う。初めは軽くあしらっていたラリッサも、やがてヴァレリオに遠い故国にいる弟を重ねるようになる。孤独な魂がふれあう瞬間だ。しかし、現実はお伽噺ではない。ヴァレリオは傷つき自棄的になるが、そんな彼に救いの手を差し伸べたのはカフェの店主マチュー(ブリュノ・デスキーニ)だった。


hajimarimachi-500-2.jpg監督はイヴァーノ・デ・マッテオ。ヴァレンティーナ・フェルランとの共同脚本は6本目となり、ドキュメンタリータッチの作風が持ち味だ。前作「幸せのバランス」では、日常にひそむ貧困問題に鋭く切り込み、息もつかせぬ展開で現代社会の問題をあぶりだした。その臨場感はそのままに、本作では音楽との相乗効果で人生への讃歌を謳いあげる。アン・ルイスの歌に「my name is woman 哀しみを身ごもって優しさに育てるの」という歌詞があるのだが、この映画に登場する女も男も何かしら挫折を抱えつつ、その傷を優しさにかえている。傷ついた分、臆病になってもいるのだが、勇気を振り絞る姿がより輝いて見える。


hajimarimachi-500-4.jpgまた、トリノと言えば2006年冬季オリンピックで有名になったが、サッカーの本拠地としても名高い。セリエAのユベントスとトリノFCを擁するサッカーの都だ。その土地柄もまた、サッカー少年の心を開かせる欠かせないエッセンスとなった。街並みや建造物は美しく、とくに国立映画博物館は映画ファンならずとも一度は訪れたい。ここでは落書きまでがアートの一部、すべてに調和が取れた奇跡のような作品が生まれた。


前半の、不安を誘うBGMからうって変わって、エンディングに流れる「This is my life」がストーリー全体を優しく包み込み、胸が温かいものでいっぱいになる。人生って歓びも哀しみもミルフィーユみたいに重なり合って、すべてが味になるんだって。ラストシーンは夢のように美しく希望に満ちて、人生そのものを肯定しているよう。


(山口 順子)

公式サイト⇒ http://www.crest-inter.co.jp/hajimarinomachi/

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