原題 | MA'ROSA |
---|---|
制作年・国 | 2016年 フィリピン |
上映時間 | 1時間50分 |
監督 | ブリランテ・メンドーサ |
出演 | ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス、フェリックス・ロコ、アンディ・アイゲンマン、ジョマリ・アンヘレス他 |
公開日、上映劇場 | 2017年7月29日(土)~シアター・イメージフォーラム、8月12日(土)~テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、近日~京都シネマ他順次公開 |
受賞歴 | 第59回カンヌ国際映画祭主演女優賞受賞 |
~貧困と麻薬のマニラ・スラム街、密告された家族、腐敗した警察を赤裸々に映す。フィリピンの名匠メンドーサ監督の真骨頂~
「最近、フィリピン映画の勢いがスゴイ!」と言われているものの、日本で劇場公開される本数はまだまだ少なく、一般の観客の皆さんにはあまりピンとこないだろう。大阪アジアン映画祭では2014年にフィリピン映画の『シフト』(劇場公開用タイトル『SHIFT~恋よりも強いミカタ』)がグランプリを獲得、以降毎年コンペティション部門、特別招待作品部門問わずエンターテイメント性に優れ、レベルの高いフィリピン映画が何本も紹介され、確かにフィリピン映画の勢いを肌で感じてきた。ただ、それらの作品では、生活水準も日本と変わらず、整然とした街並みの中物語が展開し、スラムや貧困など過去のことのように思えるほどだったのだ。
しかし、この『ローサは密告された』は違う。劣悪な環境、ボロボロな建物に住人が密集する今のスラム街を手持ちカメラで激写。雑貨と同じぐらい手軽に覚せい剤が売られる様子や、麻薬の売人たちと腐敗しきった警察の様子も描かれている。デビュー以来、一貫してスラム街での様々な問題をリアルに描き、2015年には東京国際映画祭で全作品が特集上映されたブリランテ・メンドーサ監督の真骨頂といえる本作は、フィリピンの病巣にずばりと切り込みながら、生きるためになりふり構わぬ家族の葛藤と絆も映し出した。
スーパーで山のように菓子の大袋を買い込み、お釣りがないというレジ係にひとしきり文句を言って、息子とタクシーに乗り込む。道が混んで、タクシーを降ろされてから雨の中を自宅兼店舗まで走って帰ると、すぐ隣では近所のおばちゃん連中が賭け事をして楽しんでいる。借金の取り立てをし、家に荷物を置くと、小さな娘に大袋の菓子を種類別に瓶詰するよう指示してから、晩御飯の買い出しへ。二階で麻薬を吸っていい気分になっている旦那にカツを入れることも忘れない。売人が取り立てにくると、ちょっと待ってとお願いも。勢いよく描かれる導入部分で主人公、ローサの大黒柱ぶりが手に取るように分かる。そして近隣の人とのつながり、持ちつ持たれつという人間関係こそ、貧しい彼らがたくましく生きていく原動力であるということも分かるのだ。
だが、生きていくために密告という禁じ手に手を染めなければならない者もいる。ローサ夫妻も覚せい剤売買を密告されて捕まり、そして釈放してもらうため警察の誘導で密告するのだが、結局は大金を払わなければ家に帰れないと告げられる。証拠品として押収したお金で豪勢に宴会したり、捕まえた売人を暴力で脅し、その妻まで呼んで金銭を要求する。フィリピン警察の実情は、庶民にとっては恐怖だろう。ローサ夫妻も子どもたちに大金の工面を頼まなざるをえなかった。
長男、次男、長女と3人の子どもたちがお金のために奔走するシーンで、ようやくスラム外の場所が登場する。会社員のボーイフレンド、知り合いのレストラン経営者と、お金を工面できる人のいる場所はスラム街ではないのかと思えば、ローサとは絶縁状態のスラム街に住む親戚は、悪態をつきながらも、放り投げるようにしてお金を渡す。いざという時に助け合える人は、実は思わぬところにいるものだ。それでも足りないお金を執拗に要求し、ついにローサ自身に工面させようとする警察とは一体何なのか。警察が守ってくれない社会で、誰がわが身を、そして家族を守るのか。ローサが最後に流した涙には、きっと一言では表現できない気持ちが込められているだろう。昨年、ドゥテルテ政権が誕生し、麻薬関係者を殺すことも容認されている今、麻薬商売をしなければ生きていけない人、その家族の姿を映し出した本作は、見過ごすことのできない格差社会、腐敗した警察問題とその闇を、映画で世界に示してくれた。
(江口由美)
(C) Sari-Sari Store 2016