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『ありがとう、トニ・エルドマン』

 
       

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作品データ
原題 Toni Erdmann 
制作年・国 2016年 ドイツ・オーストリア 
上映時間 1時間42分 PG12
監督 監督・脚本:マーレン・アデ
出演 ペーター・ジモニシェック、サンドラ・ヒュラー
公開日、上映劇場 2017年6月24日(土)~シネスイッチ銀座、シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、シネ・リーブル神戸、近日~京都シネマ 他全国順次公開

 

お茶目すぎる父と笑顔を忘れた娘の、一筋縄ではいかない愛のドラマ。

 

少女マチルダが殺し屋レオンに「大人になっても人生はつらいの?」と訊く映画『レオン』の場面を、時々思い出す。頭の吹き出しに、映画『マイケル』のメタボ体型のやさぐれ天使(ジョン・トラボルタ)が現れ、「笑えよ、それが愛になる」と言って、ささくれだった気分を慰めてくれることも。このリセット・ワードが、アップル+ペンしたような映画(あくまで主観的意見)が、本国ドイツを始め広く欧米で激賞を浴びた女性監督マーレン・アデの『ありがとう、トニ・エルドマン』だ。実用的でないドレスと格闘(!)するなど、女性ならではの“あるある”もさらりと差し込んであるヒューマンドラマで、ピコピコ音ではもちろんなく、心に刻まれるのはホイットニー・ヒューストンの『グレイテスト・ラブ・オブ・オール』と、お茶目すぎる父が娘に贈る言葉「義務に追われているうちに人生は終わってしまう」だ。

 
Toni-500-4.jpg主人公はヴィンフリートなる初老の元音楽教師。のっけから、宅配便の男性を相手に、実在しない極悪前科者の弟トニを、1人2役で演じてからかってみせる。いい年をした大人の悪ふざけ。しかもばかばかしすぎるが、彼の悪びれた様子を見れば、何の変哲もない日常をちょっとしたユーモアで味わい深いものにしたいのだろうと想像がつく。それに、彼自身もユーモアを必要としていた。ピアノ教室の生徒は減る一方だし、年老いた母も心なしか元気がないうえに、愛犬ヴィリーが老衰で死んでしまったのだ。さすがのヴィンフリートも気弱になるが、思い立ったようにブカレストに住む娘イネスをサプライズ訪問する。

 
Toni-500-1.jpg重要なプロジェクトを成功させ、さらなるキャリアアップを果たすべく奮闘中だったイネスは、どうにか父をもてなすつもりで、財界人のレセプション・パーティーに同伴する…時流を追う娘と、戦後世代の父。数日を過ごす2人は、なにかにつけ互いの立ち位置の違いにジレンマを抱くことになる。結局、父と娘の再会は後味の悪いものに終わった、はずだった。

 
Toni-500-3.jpg帰国したはずのヴィンフリートが、カツラと入れ歯で扮装し、トニ・エルドマンを名乗ってイネスの行く先々に現れる。一見、うさん臭くて得体のしれないトニ・エルドマンは、グローバルビジネスには疎くても、ちょっとしたユーモアと礼節をもって出会う人々と心を触れ合わせる。もっとも、父のせいで狂ったイネスの生活ペースは、元通りになるどころか収拾がつかなくなってしまうのだが、凝り固まったイネスの心にも変化が生じ始め…。


Toni-500-2.jpgトニ・エルドマンのオルガン演奏で、なかばヤケに『グレイテスト・ラブ・オブ・オール』を唄いだすイネス。いつの間にかぎくしゃくしてしまった父と娘だけれど、そうやって絆を育んできたのだろう家族の歴史を遠景に映し、その歌詞をかみしめる彼女の心情に胸を熱くさせられた。かと思えば、ありえないパーティーのくだりでは、おかしさと切なさが同時に湧き上がってきて、むせこみそうになった。で。パーティーには、幸せを運ぶとされるブルガリアのけむくじゃらの精霊クケリが、サプライズでやってくる。大きな着ぐるみの“その人”をありったけの力で抱きしめるイネスは、小さな女の子の姿に重なって見える。いつだってしっかりと受け止めてくれた父の胸に、安心して飛び込んだ頃の。


(柳 博子:映画ライター)

公式サイト⇒ http://www.bitters.co.jp/tonierdmann/

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