逃げ場なし！密入国者を待ち受ける人間狩り！？
アメリカ・メキシコ国境を隔てているものとは？
タイムリーすぎて、恐怖倍増！
 

トランプ大統領がアメリカ・メキシコ国境地帯に万里の長城のような高い壁を築こうとしている。全長3,152㎞を任期中に建設するのは現実的とは言えない。すでに市街地では高いフェンスが建てられ監視も厳重なので、密入国者の多くは荒涼とした砂漠地帯を越境してくるという。麻薬密輸捜査の実態を描いた衝撃作『ボーダーライン』(2015)や、殺された友人の遺体をメキシコに埋葬しようとするカウボーイの物語『メルキアデス・エストラーダの３度の埋葬』(2005)など、国境沿いを舞台にした映画には死と隣り合わせの危険がいっぱ。

本作は、密入国者を容赦なく殺害しようとする歪んだ愛国心の持ち主から逃走するというシンプルなストーリーだが、無慈悲なほど美しい砂漠を、水も武器もなく逃げ惑う密入国者たちの恐怖たるや、“マッドマックス”級！どんな大作も敵わない戦慄のスリルとサスペンスで息つく暇もない。ホラーやスリラーとは違う、現実に存在する移民排斥感情が根底にあるからこそ、リアルな恐怖として観る者にも迫ってくる。

アカデミー賞監督賞と撮影賞を受賞した『ゼロ・グラビティ』(2013)は、アルフォンソ・キュアロン監督の息子のホナス・キュアロンが１０年前に書いた本作の脚本に触発されて作られたという。逃げ場のない宇宙空間から、知恵と体力と強靭な精神力を駆使して、たった一人で地球帰還を目指す感動作だった。今回はホナス自身の脚本・監督で、父親と叔父がプロデュースを務めている。

アメリカを目指す密入国者１６人を乗せたトラックが砂漠のど真ん中でエンジントラブルを起こして動けなくなってしまう。仕方なく、案内人に連れられ徒歩で越境することに。５０℃にもなる砂漠を、ろくな装備もなく、国境警備隊や自警団に見つからないよう身を潜めながら急ぎ足で進むが、ついて行けない者も出てきて２つのグループに分かれてしまう。アメリカに残した妻子に会うため再入国しようとしているモイセス（ガエル・ガルシア・ベルナル）は、そんな遅れ気味の人々をフォローしようとするが、先を進むグループは省みることなく砂漠を突き進む。置き去りにされ絶望しているその時、突然銃声が響く……。

一人の男（ジェフリー・ディーン・モーガン）が、崖の上から狙撃しているのだ。先頭グループを全員殺して、今度はモイセスたちを追ってくる。獰猛な猟犬をけしかけ、執拗に追跡して、容赦なく殺害する。果たしてモイセスたちは逃げ切ることができるのか？

決して絵空事ではない現実がそこにはあるという。こんな恐ろしい目に遭ってまでなぜアメリカへ行きたいのか？ ―― 中南米の経済格差や治安悪化、さらには引き離された家族との再会など、命がけで目指す人々の事情も様々なのだ。それでも看過できないアメリカ人の心情も理解できるが、密入国者といえども人間なのだから。

まるで狩猟感覚で密入国者を殺していく男は、国境警備隊員でもなく自警団のメンバーでもなく、たった一人で猟犬をお供に猟をしている。荒野となっている辺りも「かつては良かった」と愛犬に懐かしそうに語る姿は孤独の中にも間らしさを感じさせるが、黙々とターミネーターの如く密入国者を追い詰める様子は生き生きとしている。歪んだ愛国心がもたらす人を人とも思わぬ行動に、移民排斥運動にわくトランプ大統領支持者を見るようで、そら恐ろしい気がしてならなかった。

（河田 真喜子）

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