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『ちょっと今から仕事やめてくる』 

 
       

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作品データ
制作年・国 2017年 日本 
上映時間 1時間54分
原作 北川恵海『ちょっと今から仕事やめてくる』(メディアワークス文庫/KADOKAWA刊)
監督 監督:成島出  脚本:多和田久美 成島出
出演 福士蒼汰、工藤阿須加、黒木華、小池栄子、吉田鋼太郎
公開日、上映劇場 2017年5月27日(土)~全国東宝系にてロードショー

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~ネクタイを外して、ルンルン気分に~

 

「重苦しい職場で、ノルマ、ノルマに追われ、なかなか帰れません。サービス残業ばかり」
「ちょっとミスしただけで、上司からガミガミ言われ、みな顔色をうかがって仕事しています」
「いじめられている社員がいて、それを見るのが辛くて辛くて……」
「日曜日の夜、明日から会社勤めが始まると思うと、気分が滅入ってしまいます」


ぼくが非常勤講師を務めている大阪の大手私立大学(K大学)の元教え子たちと再会したとき、自分の勤務している会社への不満をぶつけられることがたまにある。大学4年次の就活で内定をもらって喜んでいた彼らの表情が社会人になり、かくも暗くなるとは本当に哀しくなってしまう。


ご縁があって就職した会社なのに、なぜこんな厳しい現状に直面せねばならないのか。好きな業種ならまだ辛抱できるけれど、そうでなければ、ただただ苦しいだけ。サラリーをもらうためと割り切っていても、こんな環境で働き続けていいのかと自問してしまう。当然、頭の中に「転職」の2文字が浮かぶ。さっさと見切りをつけて会社を辞めた者もいるが、なかなか行動に移せない者も少なくない。


choiyame-500-1.jpg本作『ちょっと今から仕事やめてくる』はまさに現代日本におけるサラリーマン社会の現状の一端があぶり出されていた。ブラック企業と言ってしまえばそれまでだが、こういう会社、結構、多いのではあるまいか。「アルバイトで働いたところがヤバイ会社で、授業よりも勤務優先、辞めたくても、なかなか辞めさせてくれない」という悩みを現役学生から聞いたことがある。この映画を観ている間、苦しい胸の内を打ち明けてくれた元教え子たちの顔がちらついて仕方がなかった。


そうは言うものの、かつてぼくが勤めていた新聞社もきつい職場だった。取材記者だったので、長時間労働、特ダネ競争、過労……が当たり前。他社に抜かれたら、それこそ鬼デスクからドカーンとカミナリが落ちる。ここでは書けないような〈人権無視〉の罵声を浴びせかけられたこともあり、楽天的なぼくですらうつ状態になったことがある。今思えば、パワハラ以上だった。


choiyame-500-2.jpg映画の舞台は広告会社の営業部。主人公の若手社員、青山隆(工藤阿須加)は誠実だが、実直すぎて柔軟性に欠ける不器用な男だ。いまだ一件も契約を取れていない「落ちこぼれ社員」とあって、上司の山上部長(吉田鋼太郎)から目の敵にされ、日々、社員の前で怒鳴り散らされている。そこまで怒る必要はないと思うのだが、この部長、些細なことでロッカーを殴ったり、ゴミ箱を蹴飛ばしたりして怒りまくる。音を出して威嚇する癖があるみたい。あだ名は「瞬間湯沸かし器」。ぼくならそうつける。この不機嫌極まりない短気な、かつ前近代的な部長とよく似た人が古巣新聞社にもいたな~。あゝ、懐かしい。


こんなにしょっちゅう怒られていると、ぼくなら「すみません」という顔つきを繕いながら、適当に右から左へ聞き流すのだが、青山はそれができない。すべてガツンと受け止めてしまう。だから心が持ちこたえられなくなる。それでも部長はさらに追い込んでいくのだから、サドとしか言いようがない。


choiyame-500-5.jpg恐怖で職場の士気を高め、秩序を保とうとする。どこぞの国の「将軍さん」と同じ独裁者丸出し。管理職ならもっと大らかに、太っ腹にならなあきまへん。上には順順で(ゴマをすり)、部下には厳しい。そんな人なのだろう、きっと。この部長に扮した吉田鋼太郎の強烈な〈過剰演技〉が何とも滑稽に思えた。舞台で培った人だけに、映画ではセリフ回しがどうも重く感じてしまう。


壁に貼ってある社訓には笑わされた。
「不平不満を言わない社員になれ」⇒ぼくの内心「そんなもん、なれるかいな!」
「有給なんていらない。体がなまるから」⇒「有給もらわな、体がなまる」
「やる気があるなら、『はい』の二つ返事で仕事をしろ」⇒「やる気があるなら、黙って仕事します」
「上司の指示は神の指示」⇒「上司の指示は、所詮、上司の指示」
「心なんか捨てろ。折れる心がなければ耐えられる」⇒「心が一番大事。しっかりした心があれば何でも耐えられる」
これらの文言を見ると、この会社、「欲しがりません、勝つまでは!」の戦時訓が浸透したかつての日本とそっくり! 要は「職場=戦場」なのだ。あゝ、恐ろしや。


青山は就活のとき、こんな時代錯誤の会社だとわからなかったのだろうか。就職先がなかなか見つからず、苦しみ抜いた末にやっと内定をもらった会社だったので、自分を救ってくれた企業と受け止め、恩義を感じていたのかもしれない。それが大きな間違いだった。冒頭で触れた大学の元教え子たちもこういうケースが多く、「会社の内実までリサーチするゆとりがなかったです」と漏らしていた。


choiyame-500-3.jpg精神的に絶体絶命のピンチに追い込まれ、自殺を図ろうとした青山に救いの手が差し伸べられた。それが小学校のときの同級生というヤマモトという男(福士蒼汰)。アロハシャツを着て、大阪弁を操る、一見、ちゃらい青年だ。まったく人見知りせず、実に気さく。気さくすぎて、気色悪いほどだ。ヤマモトは遠慮なく、青山の私的な世界にも土足で上がり込んでくる。こんなキャラクターはやはり大阪人がよく合う。


東京出身の福士君が大阪弁を流暢に話していたのにはびっくりした。ほぼネイティブといっていいくらい違和感がなかった。ノリも大阪人そのもの。こんなお兄ちゃん、大阪の街でよく見かけますわ。ヤマモトはある意味、主役だ。きちんと大阪人を演じてくれたおかげでドラマがぶれなかった。このけったいな青年の出現によって、青山が次第に生き返ってくる。まったく真逆な2人のやり取り、温度差があってなかなか面白かった。


choiyame-500-4.jpgそれにしても、どうしてヤマモトは青山のことを気にかけるのか。何か意図があるのか。そもそも同級生といいながら、青山はまったく記憶にない。ケラケラ笑ってばかりしているこの男は一体、何者なのだ。少しずつ彼の素顔がわかってくるところが後半の見どころとなる。ただ、よく使われる〈手法〉だったので、ちとガッカリしたが……。


社員の中で、ドラマに絡んでくるのがトップセールスを続ける有能な先輩、五十嵐美紀(黒木華)だけ。他の社員はみな我関せずで、黙認している。何だか無機質なロボットみたいで、青山が孤立しすぎている。普通、こんなことはあり得ないと思う。同僚のだれかに相談をもちかけたりするはずなのだが。ぼくなら少しは波長の合う同期社員と一杯飲みに行って、部長の怒っている仕草をまねながら(もちろん誇張して!)、憂さを晴らすのだが……。


choiyame-500-8.jpgそういうことができない青山は仕事だけでなく、人間関係を築くのも不器用なのだろう。でも、営業マンは人とのコミュニケーションが命。ということは、彼は営業向きではなかったということか。いや、他の社員をみなライバルと見ていたのかな。それなら本当に寒々しい職場だ。まぁ、せめてあともう1人、同期社員をかませてほしかった。部長との対峙を際立たせるために、あえて削ぎ落としたのかもしれないけれど。


五十嵐先輩のしたたかさは相当なものだった。すべて計算尽くめというのが恐ろしい。こういう役どころは男性よりも女性の方がはるかにリアル感が出る。彼女もしかし、アップアップ状態だったのがあまりにも哀しかった。業績はすべて数字で表れ、ノルマで締めつけられる。こんな状況に身を置かれたら、彼女のようになってしまうのだろう。ましてや部長に期待されていたから、青山以上にプレッシャーがあったはず。同情するなぁ。


choiyame-500-7.jpg冒頭とラストを彩る南太平洋のバヌアツ。その開放的な情景にホッとさせられた。あの劣悪な職場とは対極にある楽天地。伸び伸びと本来の自分に戻った青山の何と晴れ晴れとした表情! 「生きるって、希望を持つことなんだよ」。映画のテーマ(メッセージ)がビンビン伝わってくるシーンだった。少子高齢化がますます進行し、これから労働環境も激変してくるだろう。ゆめゆめ「職場=戦場」にならないことだけを切に願っている。何せ、生きるために働いているんやもん!


蛇足だが、女性社員の過労自殺で社会問題になった大手広告会社のD社はさすがに映画製作委員会に入っていませんでした(笑)。


武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト⇒ http://choi-yame.jp/

(C)2017 映画「ちょっと今から仕事やめてくる」製作委員会