原題 | Manchester by the Sea |
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制作年・国 | 2016年 アメリカ |
上映時間 | 2時間17分 |
監督 | 【監督・脚本】:ケネス・ロナーガン 【プロデュース】:マット・デイモン |
出演 | ケイシー・アフレック(『ゴーン・ベイビー・ゴーン』『ジェシー・ジェームズの暗殺』『セインツ-約束の果て-』)、ミシェル・ウィリアムズ(『ブロークバック・マウンテン』『ブルーバレンタイン』)、カイル・チャンドラー(『キャロル』)、ルーカス・ヘッジズ(『グランド・ブダペスト・ホテル』) |
公開日、上映劇場 | 2017年5月13日(土)~シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA、テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、6月10日(土)~京都シネマ 他全国順次公開 |
受賞歴 | 2017年アカデミー賞主演男優賞(ケイシー・アフレック)、脚本賞受賞(ケネス・ロナーガン) |
物悲しいサスペンスにふちどられた再生のドラマ。
思わぬハプニングのうちに幕を閉じたアカデミー賞だったけれど、会場をひときわ温かな空気に包んだケイシー・アフレックはとても印象的だった。今に至って世間は、出来の良い兄ベン・アフレックと良くない弟という役回りを与えて、優劣をつけてきた。そんなのは大きなお世話というものだ。そもそも兄弟、姉妹って、互いに複雑な感情を抱いてしまうものじゃないですか。ま、ケイシーの場合、身から出た錆みたいなこともあったそうですが…。出来の良くない弟という汚名返上を果たし、マット・デイモンから譲り受けたキャラクター、リー・チャンドラー役で見事、主演男優賞を獲得。これは、兄ベンも、まだ手にしていない栄冠です。
舞台は、アメリカ北東部の港町マンチェスター・バイ・ザ・シー。厳しい冬の情景から立ち上る温もりは頼りなく、ある種の人間には手の届かないもののように映る。それでいて、どんよりとした曇り空でさえなにか突き抜けた感があって、ほぼ陰鬱といった雰囲気に留めてある。そんな印象を与えて、すっかり物語世界に魅せられてしまった。
他人との関わりを嫌い、二言目には相手を不快にさせる男リー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)。過去の悲劇から、生きるには値しない命だと自分を責め、凍てつくような孤独の牢獄に自らを投じた。そんな弟を、かろうじてつなぎとめていた兄ジョーが急死し、2度と戻りたくはなかった町へ舞い戻る。リーの心情と呼応し合うようにして浮かびあがる断片的な過去の記憶…「アルビノーニのアダージョ」(オーソン・ウェルズ監督が『審判』で使用)がフルで流れる衝撃的シーンに圧倒される。
最愛の兄の冷たくなった体を抱きしめ、さよならのキスをして涙をぬぐうリー。かたやジョーの息子・高校生のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)は、涙もみせず2人のGFや友人と普段通りに過ごす。そんな甥っ子とどう接するべきかとまどうが、立ち入ることはしない。葬儀を済ませたら、リーは町を去るつもりでいたからだ。そもそも、遺言でパトリックの後見人にリーを名指ししていた兄の真意などわかりたくもないし、叔父の身を案じる気持ちと、これまでの日々を愛おしむ気持ちとの板挟みになる甥を察してやれるはずもない。だが、彼の思いとは裏腹に、踏みとどまらせる理由は日ごと増えていく。
凍土のため春まで埋葬できず、ジョーの遺体は冷凍されることになる。やがて、新しい人生を歩き始めていた元妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)と再会。遠ざけていた“あの日”の自分に追いつかれてリーは、すべてを駄目にした自分を自分で罰するように酒場で喧嘩をふっかける。バラバラの心に、それでもまだ痛みが足りないと言わんばかりに。
余命宣告されたジョーの傍らでリーがジョークを飛ばす。泣きたくなければ笑うしかないよな、という兄弟の暗黙の了解。あるいは、パトリックが号泣する冷凍チキン・シーンや元妻が感情を爆発させるくだりでも、おかしくてなのか、悲しすぎてなのかわからない涙を誘われる。監督ケネス・ロナーガンがアカデミー賞を受賞したこの脚本、意外なタイミングで繰り出されるユーモアにもまして秀逸だったのは、ドラマの閉じられ方だ。心に深い痛みを抱える男の苦悩を思えば、こんなふうに希望をくみ取らせるピリオドの打ち方はほかにない。
(柳 博子:映画ライター)
公式サイト⇒ http://www.manchesterbythesea.jp/
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