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『LION/ライオン ~25年目のただいま~』

 
       

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作品データ
原題 LION 
制作年・国 2016年 オーストラリア 
上映時間 1時間59分
監督 ガース・デイヴィス
出演 デヴ・パテル/ニコール・キッドマン/ルーニー・マーラ
公開日、上映劇場 2017年4月7日(金)~TOHOシネマズ みゆき座、TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS)、MOVIX京都、シネ・リーブル神戸、109シネマズHAT神戸  ほか 全国ロードショー

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~ほんのちょっとしたことで人生が変わってしまう~

 

アメリカで80万人、中国で20万人、日本で5000人。これ、何の数字かご存知ですか? 1年間に子供が行方不明になる人数。インターネットの検索データなので、裏付けを取っていないが、この数字が正しければ、存外に多い。迷子や家出などのケースが目立つ。しかし誘拐や人身売買といった犯罪が絡んでいるケースも少なくない。


アメリカでは随分前から子供の失踪事案が多発しており、クリント・イーストウッド監督がアンジェリーナ・ジョリーを起用して『チェンジリング』(2008年)という映画を撮っていた。中国でもビッキー・チャオが熱演した『最愛の子』(2014年)が公開された。他にも探せば、この手の映画はかなりあると思う。


そのインド版が本作である。この国では年間、8万人の子供が行方不明になっているという。13憶という人口からすると、少ない方かもしれない。でも当事者にとっては一大事。映画の前半は5歳の男の子サルーがほんのちょっとしたことで家族から離れ、独りぼっちになっていく状況がリアルに描かれている。あれよあれよといった感じで、銀幕に目が釘付けになった。実話だけにゾッとする!


lion-500-1.jpg1986年のこと。カンドワというインド中西部の田舎町で暮らすサルーの家は母子家庭だ。砕石場で働く母親は4人の子を育てているが、それだけではとても食べていけず、兄グドゥが親には内緒で列車から石炭を盗んだりして何とか家計を支えている。サルーは大好きな兄といつも一緒、金魚のフンのごとくグドゥに着いていく。兄はやや持て余し気味とはいえ、幼い弟を可愛がる。すごく仲のいい兄弟だ。サルーに扮した子役のあどけない顔が忘れられない。


ある夜、2人は「仕事」で列車に乗って少し離れた駅に行く。そこで、「待っとけ」と兄に言われたサルーは停まっていた回送列車の中へ入り、眠りこけてしまう。それが人生を大きく変える発端となった。もしプラットホームで寝ていたら、何事も起きなかったのに……。何で車内に入ってしまったのか。「たら」「れば」は人の常だが、ここまで運命が動くとはだれが想像できよう。


目覚めると、列車が走行している。どないしょう! どないしょう! 「お兄ちゃん、助けて!」。半泣きどころか、本泣きや。ここから始まる展開が実にスリリングだ。扉を開けようとするも、どれも開かない。どこかの駅で停車する度に、サルーは鉄格子の窓から「助けて!」と叫ぶ。しかしその声が届かない。観ていてほんまにハラハラする。


誰か気づきそうなものだが、なかなか気づかない。たとえ気づいてもどうすることもできない。いや、何人かがサルーを目撃していた。だから駅員に言えば、次の停車駅で「救助」できたはず。でも、無視された。はっきり状況がつかめなかったのだろうか……。もどかしい。日本なら、まずこんなことは起きないと思うのだが、はて、いかに。


結局、数日間、列車は走り続け、ようやく終点に到着する。何とそこは北東部の大都会カルカッタ(現在のコルカタ)だった。直線距離にして実に1400キロも移動していた。大阪からだと、北海道最北端の宗谷岬までの距離に匹敵する。カルカッタは人、人、人であふれ返っており、サルーはかつて経験したことのない都会の喧騒に圧倒される。必死なって自分の住んでいる町の名を周りの大人に伝えるも、全く通じない。なぜならインドは多言語国家。カルカッタはヒンドゥー語ではなく、ベンガル語が話されているからだ。言うなれば、この子は全くの異世界に足を踏み込んだことになる。


未知なる地で放浪が始まる。幼い子にとっては恐怖と不安しかないだろう。それに数日間、何も口に入れていないので、かなりの空腹。あゝ、さまよえる子羊。そんな表現がぴったりだ。路上にはストリート・チルドレンがいっぱいいる。2年前、ぼくは比較的治安がいいといわれる南インドを放浪してきた。田舎では浮浪児は見かけなかったけれど、マドゥライという都会ではちょくちょく目にした。彼らは物乞いしたり、信号待ちの車の窓を拭いて小銭をもらったり、花(雑草?)を売り歩いたり。どの子も開き直っているといった感じで、存外にたくましかった。


インドでは、サルーのように迷子から浮浪児になるケースがよくあると聞く。まず危惧したのが犯罪との関わり。良からぬ大人たちが子供たちをかっさらっていき、闇の組織に売りつける事件が実際に起きている。そこに児童売春や臓器売買が絡んでいることもある。2005年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した『未来を写した子どもたち』はコルカタの児童売春窟の現状をあぶり出していた。サルーがあまりにも純朴で健気だけに、どんな顛末になるのかが焦点になる。


lion-500-2.jpg後半は一転、ガラリと変わる。カルカッタとは対極的なオーストラリアのタスマニア島とメルボルンが舞台になる。環境も空気も佇まいもすべてがクリーン。サルーはオーストラリア人の金持ち夫婦の養子になり、そこで深い愛情に包まれ、何不自由なく幸せに育てられる。それにしても、妻に扮したニコール・キッドマンがおばちゃん然としていたのには驚いた。メイクのせいだと思うが、彼女に対するイメージが崩れかかった。別の女優に演じてほしかったなぁ。


lion-500-3.jpg歳月の経過とともに、サルーの脳裏から次第に母国が忘却の彼方へと遠ざかり、気がつけば、英語しか話せないオージー(オーストラリア人)の青年になっていた。演じたのがダニー・ボイル監督のアカデミー作品賞受賞作『スラムドック$ミリオネア』(2008年)で主演したデヴ・パテル。何としても演じたいという思いから射止めた役柄とあって、やたらエネルギッシュだったのが鼻についたが、まぁ、目を瞑ろう。


lion-500-4.jpg20年ほど経ったころ、実の母親と兄弟に再会したいという気持ちに突き動かされ、幼いころのおぼろげな記憶を手繰り、何とか故郷の町を探そうと奮闘する。ここが映画のひとつの見どころ。ひと昔前なら、おそらく探し求めることができなかっただろう。しかしデジタル社会のいまでは、5年かかったとはいえ、判明できたのだ! これもちょっとした記憶の断片が発端となった。


30歳のとき、25年ぶりに生みの母親と再会したサルー。中国映画『最愛の子』のように、育ての親との諍いもなく、めでたし、めでたし。奇跡の再会としてニュースで大きく報じられたので、知っている人が多いと思う。だから本作は結末ではなく、プロセスを見せる映画なのだ。ネタばれしなくても、サブタイトルを見れば、わかってしまう(笑)。


人生はほんのちょっとしたことで変わってしまう、そのことを数奇な人間ドラマとして見せ切った。タイトルの「ライオン」とは? 前回寄稿した『3月のライオン』しかり、この映画でもライオンが出てこなかった……。映画の最後に題名の由来が明かされ、なるほどと納得した。


(武部 好伸:エッセイスト)

公式サイト⇒ http://gaga.ne.jp/lion

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