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『ヒッチコック/トリュフォー』

 
       

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作品データ
原題 Hitchcock/Truffaut 
制作年・国 2015年 フランス・アメリカ 
上映時間 1時間20分
監督 監督・脚本:ケント・ジョーンズ、共同脚本:セルジュ・トゥビアナ
出演 マーティン・スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、アルノー・デプレシャン、黒澤 清、ウェス・アンダーソン 他
公開日、上映劇場 2016年12月10(土)~シネマカリテ、12月17日(土)~テアトル梅田、京都シネマ、神戸国際松竹 他全国順次公開

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~2人の「レジェンド」が語る〈シネマ〉とは?~

 

「どんな監督をもしのぐ素晴らしい才能が、わたしにとってはヒッチコックなのである。ヒッチコックの映画を無視できないのは、ヒッチコックという人間と、その映画的キャリアの模範的なすばらしさに驚嘆せざるをえないからであり、その作品の豊かさを吟味してみるときには、崇敬の念を、あるいは何かをたしかにそこから得たという実感を、そしてつねに熱狂的なおもいを噛みしめずにはいられないからである」


hichi-hon-1.jpg32年前(1984年)、フランソワ・トリュフォー監督(1932~84年)が52歳で他界してから数年後、トリュフォー自身がまとめた『定本映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(晶文社)を大阪・難波の古本屋で手に入れた。邦訳本が出た1981年当時、定価が2900円という値段に尻込みしたのだが、表紙裏に綴られた上記のトリュフォーの言葉を目にし、「5000円出しても、すぐに買うとくべきやった」と悔やんだのを覚えている。作家主義を貫くフランス人監督が、全く毛色の異なるハリウッドの商業主義にとことん染まったアルフレッド・ヒッチコック監督(1899~1980年)にかくも惚れ込み、全編、リスペクトの気持ちが迸っていたからである。


ぼくはそれまで映画を観るとき、ドラマ性や俳優の演技ばかりに目が向き、正直、技術的なことにはあまり関心がなかった。ところが本書には、カット割り、アングル、モンタージュ(編集)、絵コンテ、カメラ移動など驚くほど事細かく言及されており、そこにヒッチコックの演出の全てが凝縮されていた。換言すれば、映画術のルールのようでもあり、それが面白くて、面白くてむさぼるように読んだ。トリュフォーがヒッチコックの全作品を深く読み解いたうえで非常にマニアックな質問を投げかける。それに対して御大が実に丁寧に、かつ、「そんな細部まで訊いてくれるんかいな」と嬉しくてたまらないといった感じで答えている。


映画作りの裏側をもろに知ることができるのだから、本書は映画ファンにとってはたまらない。実際に映画作りに携わっている人なら、「バイブル」のように思えるかもしれない。今、そのA5版の分厚いハードカバーの本をペラペラ繰っている。ところどころ鉛筆で線が引かれていたり、囲んであったりしてある。この本にはすごいパワーがあるという証左だと思う。


hichi-pos.jpg2人の対談は1962年、ハリウッドのユニヴァーサル・スタジオの会議室で行われた。弱冠30歳のトリュフォーが63歳の大先輩、ヒッチコックに50時間を超える長時間インタビューを敢行し、4年後、その一問一答を活字に再現した。『大人は判ってくれない』(1959年)と『ピアニストを撃て』(60年)を発表し、ヌーヴェル・ヴァーグの勢いに乗じてフランス映画界に躍り出た新鋭監督トリュフォーが、鮮烈な映像で知られる『突然炎のごとく』(61年)を撮り終えた直後のこと。片やヒッチコックの方は、『サイコ』(60年)で世界中を恐怖のどん底に陥れ、満足顔に浸っていたころ。オタク丸出しの映画青年が雲の上で悠然と佇んでいる「サスペンスの神様」に何とか近づこうとしている、そんなふうにも感じられた。そこはしかし、トリュフォーが元映画批評家だけあって、物おじせず鋭い質問を浴びせかける。だからこそ本書は映画本のなかでも際立っている。


このインタビューの模様を軸に、ヒッチコック映画に魅了された多くの映画人の証言を添えて1本のドキュメンタリー映画にまとめたのが本作である。マーティン・スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、ウェス・アンダーソン、ポール・シュレーダー、オリヴィエ・アサイアス、ピーター・ボグダノヴィッチ、リチャード・リンクレイター、黒沢清……。ビッグネームのオンパレード。各人、ヒッチコック映画と『定本映画術 ヒッチコック/トリュフォー』によって多大な影響を受けたのが本当によくわかった。


hichi-500-2.jpgなかでも印象的だったのがボグダノビッチの言葉。「ヒッチコックの正当な評価は、この本のおかげだ」。これはまさに正鵠を得ている。大衆向きの娯楽映画を量産していたヒッチコックだが、実は質的にもかなりレベルの高い映画を作り続けていた。『裏窓』(54年)の得も言われぬ緊迫感や『北北西に進路を取れ』(59年)の並はずれた躍動感はとても普通の商業監督では出せない。


なのに、芸術性・作家性に乏しいとの理由でだれも真正面からヒッチコックを捉えようとはせず、当然、映画監督としての評価はそれほど高くなかった。ヒッチコック自身、「何でわしの映画をもっとちゃんと見てくれへんねん」と思っていたかもしれないし、ひょっとしたら、「もうどうでもええわい」と諦めていたかもしれない。そこに風穴を開けたのがトリュフォーだった。実際、この本によって、映画界でヒッチコックを観る目が変わってきた。


hichi-500-1.jpg映画では対談の映像が思いのほか少なく、映画人へのインタビュー風景とナレーションで引っ張っていったのがいささか物足りなかった。でも、常に巨匠に対して敬意を表し、必死になって映画術を盗み出そうとしているトリュフォーの姿を垣間見られたのが嬉しかった。トリュフォーは英語が話せない、ヒッチコックはフランス語を解せない。なので女性の通訳が絶妙な潤滑油となり、両者に少し考える時間を与えていたように思える。


『汚名』(46年)の5分間にもおよぶ長いキスシーン、『サイコ』(60年)のシャワー室での独特なアングル、『鳥』(63年)のティッピー・ヘドレンの引きつる表情……。細部にわたって映像でわかりやすく解説してくれたのがありがたかった。公開当時、不評だった心理劇『めまい』(58年)をめぐる解釈も興味深く、ヒッチコック映画を大所高所から切り込んだ教科書のようだ。『サイコ』の惨殺シーンの詳細については、名優アンソニー・ホプキンス主演のアメリカ映画『ヒッチコック』(2013年)でのエピソードの方が深く言及していたけれど……。


hichi-500-3.jpgヒッチコックを見慣れてきたぼくのような世代には、本当に贅沢すぎるほどの内容だった。昨今、映画好きを自認する若者ですらヒッチコックもトリュフォーも知らない者が少なくないと聞く。そんな彼らにぜひこの映画を観てもらいたい。映画監督はこんなふうにこだわり、映画がこんなふうに作られていることがわかってもらえると思う。ワンカット、ワンシーンにどれだけエネルギーが注ぎ込まれているか、そこに監督のポリシーが煮詰まっていることもある。そういうことが本作の随所から伝わってくる。


さて、ヒッチコック映画で一番のお気に入りは? ぼくは即、『裏窓』と答える。脚を骨折して動けなくなった、ジェームズ・スチュワート扮するカメラマンが向かいのアパートでの殺人事件を目撃し、犯人に命を狙われる。密室劇でここまで濃密なドラマを生み出し、しかもちゃんと活劇の要素も取り入れている。ハラハラ、ドキドキ。カメラマンの視線から急に犯人の視線に切り替わるところなどハイレベルな映画術が散りばめられている。それをヒッチコックがこれ見よがしではなく、さらりと演出しているところがニクイ。それにカメラマンの恋人役グレース・ケリーのとびきりの美貌にも心を奪われた。女優を銀幕で映えさせる術を熟知してはりますなぁ~。


hichi-hon-2.jpg全編に散りばめられた「遊び心」がヒッチコック映画のエッセンスだと思っている。この人、大阪弁で言うところの「イチビリ」ですわ。カメオ出演したり、パロディー風にしたり、殺人をゲーム感覚で楽しんだり。映画のフライヤーとポスターに使われた2人のツーショットの写真なんて、イチビリそのもの。そんな遊び人のヒッチコックに生真面目(映画的にストイック)なトリュフォーが正攻法で斬り込んでいくところがとりわけ面白い。


もう一度、ヒッチコック映画を「チェック」したくなった。映画を観終わってから、そう思わざるを得なくなったのは決してぼくだけではないだろう。


武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト⇒ http://hitchcocktruffaut-movie.com/

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