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『でんげい』

 
       

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作品データ
原題 이바라키의 여름  
制作年・国 2015年 韓国
上映時間 1時間37分
監督 監督・プロデューサー:チョン・ソンホ  撮影:キム・ウクチン  ナレーション:パク・チョルミン(「もうひとつの約束」)
出演 キム・ヒャンスリ、コ・スンサ、ソ・ヌンヒャン、チャン・スギョン、イ・スンオン、カン・ソナ、キム・ソンファ、イ・サフェ、イム・モジョン、チャ・チョンデミ、パク・ジョンチョル
公開日、上映劇場 2016年11月5日(土)~シネ・ヌーヴォ先行ロードショー、以降全国順次公開

 

人生を凝縮したようなひと夏。
それを持てる者の幸と、未来へと照らされた希望の灯に胸が熱くなる

 

“でんげい”とは何かといえば、伝統芸能、あるいは伝統芸術部の略だ。今年の大阪アジアン映画祭で特別招待作品としてプレミア上映された時の題名は『いばらきの夏』だったが、劇場公開されるにあたり、これに変わった。何やろ?と興味を呼び起こすインパクトがあると思うのだが、それ以上に内容の濃密さで引っ張る。淡々と描いているのに濃い、センティメンタリズムに頼っていないのに泣かせる。そういや、ドキュメンタリー映画で涙ぐんだのは久しぶりのように思う。遥か彼方に去っていったはずの青春時代がすぐ隣に寄り添っていることに気づく。人それぞれに全く違う青春だろうけれど、あの頃に単純に嬉しかったことや、もう生きてゆけないと思い込んだほどにとてつもなくつらかったことが、登場人物たちに重なって甦ってくる。そして、胸がほんまにきゅ~んとわなないているのがわかるんだ。


dengei-500-1.jpg主人公は、大阪市住吉区にある白頭学院建国高等学校の伝統芸術部9人の面々。同校は在日韓国・朝鮮人の子弟に言葉や文化、歴史を学ばせるため1946年に創立された民族学校で、映画は2014年、“文化のインターハイ”ともいわれる全国高等学校総合文化祭に、伝統芸術部が大阪代表として挑む姿を描いている。厳しい練習風景の間に彼らのあどけない日常生活や家族の思いなどがはさまれ、彼らと観ている私たちの間にだんだんと親密な空気が漂ってくる。それは、カメラを通して生徒たちを見つめる目、教える先生たちを見つめるまなざしに、共感や励ましが潜んでいるからだろうか。


dengen-pos.jpg一所懸命がんばってるのに、なぜうまくできないのだろう、また先生にひどく叱られた…涙にくれてくじけそうになりながらも、みんなが一つになって一つの目標を達成するためにまた立ち上がる。そういう姿を見ているだけでもぐっとくるけれど、単なる“ド根性サクセス物語”に終わっていないのは、指導する先生たちとの関係性がきちんと描かれているからだ。


同校のチャ・チョンデミ先生は、時々ブチ切れそうになるんじゃないかと思えるようなキツい大阪弁で、容赦ない指摘をする。チョン・ソンホ監督によれば、チャ先生は子どもたちと毎晩遅くまで体力勝負の練習を重ねていたが、それは彼女の中から湧き上がる情熱と使命感の為せる業であったという。「在日として日本で生まれ育つ中で受けた差別や蔑視を、朝鮮人としての確実なアイデンティティと文化に対する自負心で、子どもたちが克服することを願う」という気持ちの表れなのだと。傍目からはえらい厳しい先生やなあとしか思われないだろうが、どんなに子どもたちのことを大事に思っているか、それはチャ先生が仕掛けた思わぬサプライズのシーンでも確かめられる。チャ先生は“怒っていた”のでなく“叱っていた”のだ。そして、子どもたちは自分らを高めてくれる強力な柱として先生をまっすぐな目で見ている。現代の学校において、なんと稀有な師弟関係だろうか!そしてもう一人の指導者、毎年韓国から来られるパク・ジョンチョル教授が、本国の子どもたちと比較しての言葉にもいろいろと考えさせられるのである。


dengei-500-2.jpg俳優パク・チョルミンが無償でナレーションを担当。子どもたちを見守っているかのような温かさに満ちた声だ。また、ユンナが作り自ら歌う挿入歌「HOPE」の爽やかな曲調にも惹かれる。ここに出演した子どもたちは、あの夏をけして忘れないだろう。それはかけがえのない宝となって、一人ひとりのこれからも輝かせていってほしいと切に思う。民族の壁があったとしてもそれは必ず越えられる、この映画を観た一人ひとりがそのように確信することを、これまた切に願うのだ。


(宮田 彩未)

・『でんげい』公式Twitter⇒ https://twitter.com/kishinoreiko222
・《シネ・ヌーヴォ》⇒ http://www.cinenouveau.com/sakuhin/dengei.html

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