原題 | SULLY |
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制作年・国 | 2016年 アメリカ |
上映時間 | 1時間36分 |
原作 | C.サレンバーガー著『「ハドソン川」の奇跡 機長、究極の決断 』(静山社文庫刊) |
監督 | クリント・イーストウッド(『アメリカン・スナイパー』『硫黄島からの手紙』) |
出演 | トム・ハンクス(『ダ・ヴィンチ・コード』『フォレスト・ガンプ/一期一会』)、アーロン・エッカート(『ダークナイト』)、ローラ・リニー他 |
公開日、上映劇場 | 2016年09月24日(土)~丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他 全国ロードショー |
~数値か経験か、大事故救った英雄の聴聞会~
世界中から賛美された救世主が一転、犯罪者のように厳しく聴聞されるなんて…そんなアホな。アメリカという国の不思議さ、不可解さを感じさせるのがイーストウッド監督の注目作『ハドソン川の奇跡』だ。一作ごとに円熟味を際立たせるイーストウッドにつくづく感心する。“孤高の英雄“のトラウマを描いて大ヒットした『アメリカン・スナイパー』('14年)に続く作品は、一躍英雄になった機長サリー(トム・ハンクス)の揺るぎない信念をつぶさに描く。その落ち着きと風格こそ、イーストウッド監督そのものではないか。
2009年1月15日、ニューヨーク上空850㍍で155人を乗せた航空機が、鳥とぶつかり、全エンジン停止という未曾有の危機に陥る。160万人が住む大都会の真上、管制室は近くのラガーディア空港への着陸を指示するが、サリー機長はそれを「高度が足りない。不可」と判断、一見無謀に思えるハドソン川への不時着を決断する。事故発生からわずか208秒、3分余のことだった。
航空史上かつてない非常事態、“全員絶望か”という状況の中、技術的に極めて難しい「水面への不時着」という至難の業を見事に成功させ、全員生還の偉業を成し遂げたのはサリー機長の“決断”にほかならなかった。
当然、機長は世界中から称賛され、英雄としてもてはやされる。だが、シンプルなヒーロー物語にイーストウッドが満足するわけはない。機長の“究極の決断”に「航空機事故調査委員会」から思わぬ疑惑が掛けられる。「危険な不時着以外に選択肢はなかったのか?」。乗客たちの命を危険にさらす無謀な判断ではなかったのか?
英雄機長に突然の逆風。味方は副機長ジェフ(アーロン・エッカート)ら仲間と、愛する妻ローリー(ローラ・リニー)以外になかった。暗転の背景にはアメリカの過酷な「訴訟社会」があり、何としても“人為的ミス”が必要な“社会の都合”があった。加えて“ヒーローの転落”を好むヤジ馬心理も。機長や艦長の決断はそれほど重い。何度も映画に登場するが「(155人の)命の重みを背負う仕事」こそが機長であることは間違いない。機長の決断がすべてなのだ。
私事で恐縮だが「飛行機には乗らない」ようにしている。もともと飛行機が苦手だったが、1985(昭和60)年8月12日、あの日航ジャンボ機墜落の日、同じ時間帯、大阪空港に向けて飛び、到着後に乗客家族の取材に走った身にはあの事故は他人事ではなかった。日航ジャンボ機では、機長が激しいダッチロールの末、ようやく機が安定したあと「これはもうダメかもしれない」と漏らした絶望的な言葉が忘れられない。死者500人以上という航空機史上、最悪の事故でこれが、機長の最後の決断だった。
映画『ハドソン川の奇跡』でも鳥がぶつかったドスンという音に体がすくんだ。幸い日航機のような“隔壁破裂”ではなかったが、全エンジン停止の事態は大事故へ一直線だったはずだ。サリー機長はただちにそれを察知して「次なる方法」を模索する。「APU」(補助動力装置)ボタンをただちに押したのもそのひとつ。マニュアルでは「16番目」に指定されているこのボタンを押して電源を回復してパニックを防いだ。そしてパイロット歴40年のキャリアが下した結論が、「ハドソン川への不時着」だった。
ドスンとぶつかった瞬間から機長は平常心ではなかったはず。「40年のパイロット歴が最後の208秒で判断される」事態だったわけだが、その時に下した結論が正しかったかどうか、余人にはうかがいしれない。そんな“神業”を「事故調査委員会」が判断しなければならなかった。委員会は「データでは左のエンジンは動いていた。だから空港へ引き返せた」と結論付ける。サリー機長の言う「全エンジンが止まった」のは錯覚だったのか? 委員会では厳密な検証作業を行い、事故当時を再現する。アクション映画ではないが、手に汗握るほどの緊迫場面だった。
サリー機長が何度か言う。機械か人間か? 時に間違うこともある人間に比べて、コンピューター(機械)に誤りはない。非常時に下した人間の“究極の決断”は果たしてどうか? 映画のテーマは、高度に機械化された社会での人間性への信頼と回復ではないか。
乗客を置いて自分はさっさと逃げ出したどこやらの船長とは違う、責任感あふれるサリー機長は最後まで乗客の救出に全力を尽くし、着陸後、テレビからコメントを求められても、「全員の無事救出を確認してから」と言った機長。最後に信頼出来るのは機械ではなく、やはり人間ということなのだろう。事故調査委員会の最後の「もう一度、同じ事態になったらあなたはどうするか?」という質問に対する副機長ジェフが放った一言がまた余裕のあるコメントで、“奇跡の救出劇”のオチにふさわしかった。
(安永 五郎)
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