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『怒り』

 
       

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作品データ
制作年・国 2016年 日本 
上映時間 2時間22分
原作 吉田修一(「怒り」中央公論新社刊)
監督 監督・脚本:李 相日(リ・サンイル)(『フラガール』『悪人』『許されざる者』)
出演 渡辺謙 森山未來 松山ケンイチ 綾野剛 広瀬すず 佐久本宝 ピエール瀧 三浦貴大 高畑充希 原日出子 池脇千鶴 ※宮﨑あおい 妻夫木聡
公開日、上映劇場 2016年9月17日(土)~全国ロードショー

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~心の闇にざっくり切り込む極上ミステリー~

 

この映画を観終わったとき、小学校時代の忘れ難い思い出が脳裏に浮かんできた。3年生の2学期最初の授業で、1人の男の子が転校してきた。背が高く、浅黒い寡黙な子。彼はなかなかクラスメートと溶け込まず、いつも1人ぼっち。好奇心旺盛のぼくは無性にその子と喋りたかったのだけれど、きっかけがなく、そのままズルズルと日が過ぎ去った。そのうち、「あいつの父親は殺人犯らしい」という噂がどこからともなく広がり、クラスの者はみな怖さと侮蔑が入り混じった目で彼を見るようになってしまった。まったく根も葉もない話だったが、この一件が人を信じられなくなった最初の記憶として残っている。その後、彼が単なる照れ屋だとわかった時、猛烈に悔恨の情に襲われた。


ikari-pos.jpg知らぬ間に増長される不信感、人を信じられなくなった時のやるせなさ(罪悪感?)、信じることの難しさ。そういうことを映画『怒り』は掘り下げていた。それを得体の知れない3人の青年を登場させることによって、ミステリータッチでぐいぐい物語を展開させていく。原作者が吉田修一、監督・脚本が李相日(リ・サンイル)。善と悪の境目にメスを入れた『悪人』(2010年)の強力コンビが6年ぶりに再びタッグを組み、全く異なった視点から人間を見据えた。何とも芯のあるドラマである。ぼくは原作を読まずに映画を観たのだが、心の闇に容赦なく迫る映像に終始、気圧された。


冒頭シーンは結構、えげつない。東京・八王子の住宅街で起きた夫婦惨殺事件の現場が映し出される。血まみれの空間が酷暑でいっそう密閉されたようになり、すえた血の匂いが漂ってきそう。息を凝らして見ていると、いきなり壁に記された「怒」という血文字。狂気を孕むただならぬ気配を放つ。それを目にした瞬間、ゾクッと体が震えた。犯人はどんな奴なんやろ。一気にアドレナリン濃度が高まる。この強烈なプロローグが犯人捜しへと誘っていく。といっても、普通の刑事ドラマではない。


1年後、東京、沖縄、千葉の3つの物語が描かれる。単に日常を捉えているだけなので、「?」が頭の中を駆け巡った。ところが冒頭の殺人事件の捜査状況が折りに触れて挿入されると、間違いなく犯人が3つの物語の中にいる、いつどんなふうに判明するのかと常に意識させられる。それゆえ最後までハイ・テンションが続く。この緊張度はかなりのものだ。


一見、群像ドラマのようだが、それぞれの話の登場人物に関連性がなく、いつまで経っても接点が見えてこない。あくまでも並列的に描かれるので、群像ドラマではない。なかなか斬新な手法。そこがこの映画の大きな吸引力となる。しかし「殺人犯」という共通認識が3つの話をイメージとしてつなげ、ひょっとしたら最終的に3話が集約されていくのではないかと思わせる。実はぼくはこんなことを祈っていた。「どうか3人の青年が兄弟とか、同じ孤児院出身者とか、元服役囚同士とか、そんな安直な間柄ではありませんように!」。


ikari-500-1.jpg犯人とおぼしき3人の青年はみな正体がわからず、ミステリアスで怪しい。東京=大手通信会社に勤務するゲイの優馬(妻夫木聡)がクラブで引っかけた大西直人(綾野剛)。沖縄=東京から引っ越してきた高校生の泉(広瀬すず)が無人島で出会ったバックパッカーの田中信吾(森山未來)。千葉=漁港で働く父親(渡辺謙)に育てられた1人娘、愛子(宮﨑あおい)と心を通わせる風来坊の田代哲也(松山ケンイチ)。


よくよく見れば、顔立ちが異なるのだけれど、あら不思議、3人の表情がだんだんと似てくる。錯覚なのか!? 警察の手配写真が公開されてからは、さらに3者3様、犯人像とそっくりに思えてくる。映像のマジック(トリック)の為せる業か。


ikari-500-2.jpg妻夫木くんと綾野くんの抱擁には正直、吃驚した。2人とも仕草、言葉遣い、雰囲気から完全にあちらの世界に浸り切っている。演技のためにしばらく同居していたというから、その役者魂には敬意を表したい。綾野くんは『日本で一番悪い奴ら』で熱演した悪徳刑事役と全く対極的な役柄で、9キロも体重を落として臨んだという。あまりのギャップの大きさにびっくりポン(笑)。


ikari-500-4.jpg一番、危そうな役どころを演じた森山くん、キレ具合が半端ではなかった。民宿の食堂を片っ端から壊していくところは、ある意味、名シーンだった。こういう場合、視覚的効果を狙い、必ず水槽が叩き壊されるんやと妙に納得してしまった。森山くんのサメのような死んだ眼差しが心底、怖く思えた。那覇の公園で厳しい場面に臨んだすずちゃんはこれで俳優としてひと皮むけたはずだ。


ikari-500-3.jpgそして寡黙な青年に扮した松山くん。どこか宇宙人みたいな異次元的な空気を発散させており、不気味さにおいては群を抜いていた。その彼を受け入れる宮﨑あおいが執拗に号泣する姿は壮絶さが際立っていた。そんな2人を見守る父親に扮した謙さん、さすが風格のある演技を披露してくれた。


撮影は昨年夏の2か月にわたって行われた。ワンシーン、いやワンカットごとに映像から物凄いエネルギーが放たれているのがビンビン伝わってくる。李監督は一体、どんな演出をしているのか。一度、現場を覗いてみたい衝動に駆られた。『フラガール』(2006年)、『悪人』(2010年)、『許されざる者』(2013年)とこれまでに手がけた映画はどれもハイ・レベルで、安定感がある。この人の映画なら、安心して観られる。本作ではさらに磨きがかかり、テーマ性だけでなく、映画作りの面からも存分に観させる極上のミステリーに仕上げた。


この際、吉田修一+李相日のコンビでもう1本映画を作ってもらい、ぜひとも〈三部作〉の最終章を飾ってほしい。タイトルは……、『悪人』、『怒り』ときたので、『嘆き』~‼ あるいは『恨み』、いっそのこと、『善人』! どれも安直すぎるかな~(笑)


(エッセイスト:武部 好伸)

公式サイト⇒ http://www.ikari-movie.com/

(C)2016 映画「怒り」製作委員会

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