原題 | Truth |
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制作年・国 | 2015年 アメリカ、オーストラリア |
上映時間 | 2時間05分 |
監督 | 脚本・監督:ジェームズ・ヴァンダービルト(『ゾディアック』『アメイジング・スパイダーマン』脚本) |
出演 | ケイト・ブランシェット、ロバート・レッドフォード、エリザベス・モス、トファー・グレイス、デニス・クエイド、ステイシー・キーチ |
公開日、上映劇場 | 2016年8月5日(金)~大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ西宮OS、他にて全国ロード ショー! |
★「世界」を相手に孤立無縁の戦い
ニュース報道、とりわけ政治がらみの“ニュース報道”がどれほど難しいか、マスコミの端っこに長くいた(主に芸能と野球担当)者には肌で分かる。実際にあった事件の“真相”に迫った『ニュースの真相』はジャーナリズムの在り方、というより権力を相手にする報道がいかに困難かを描いた問題作。主演の一人が“良識派”ロバート・レッドフォードだから生真面目な良心作と分かる。
主人公はCBSニュースのプロデューサー、メアリー・ケイプス(ケイト・ブランシェット)。キャリア20年のベテランで、TV番組「60ミニッツⅡ」でイラク・アブグレイブ刑務所の虐待事件を他に先駆けて放送し、先輩で僚友のベテラン・アンカーマン、ダン・ラザー(ロバート・レッドフォード)らと祝杯も上げた。メアリーの次の仕事は4年前にも調べながらモノに出来なかった現職大統領ジョージ・W・ブッシュの“軍歴詐称疑惑”。再び大統領選の年、タイムリーな企画として本社上司の承認も得て、ダラス支局を拠点に取材チームを結成、調査を開始する。メンバーは軍事関係の専門家(デニス・クエイド)をはじめジャーナリスト、ジャーナリズム教授ら精鋭スタッフ3人。
公式記録では、ブッシュは1968年5月に6年契約でテキサス空軍州兵に入隊したが、'72年春に健康診断を拒否して処分を受けた後、アラバマに転属。それから1年間、勤務した形跡はなく、'73年9月に早期除隊した。ベトナム戦争派兵逃れの“コネ入隊”に加えて職務怠慢疑惑が濃厚だった。 だが当然、関係者の口は重い。今年公開されたアカデミー賞受賞の秀作『スポットライト 完全なるスクープ』(トム・マッカーシー監督)同様、ニュース取材は“取材先の拒否反応”からスタートする。関係者は口裏を合わせたように一様に“コネ”を否定、調査は暗礁に乗り上げる…。
『スポットライト~』のボストン・グローブ紙はカトリック教会の性スキャンダルを追及、こちらは現職大統領が相手。どちらもマイナス報道するには手強い相手だが、メアリーには突破口があった。ブッシュの上官だった故キリアン中佐が遺した“キリアン文書”を退役軍人から入手。そこにはブッシュの訓練不参加や能力不足が記されていた。原本ではなくコピー、提供者は入手経路を明かさない、という弱みはあったが…。
メアリーたちはキリアン文書の鑑定を4人の専門家に依頼。キリアンの上官だったホッジス将軍も、メアリーが19回目の電話で読み上げた内容を否定しなかった。これで「裏がとれた」と判断した彼女は上司に相談し「60ミニッツ」は2004年9月8日、放送される…。
スクープ報道はスピードが命。メアリーが裏取り作業で「確信した」のは“報道記者”として責められないだろう。この大スクープに他局も後追いするが、ネット上では保守派のブロガーたちがキリアン文書を「偽造」と決めつけ、翌日から他のメディアも追随する。メアリーたちには「天国から地獄」だった。結果的に“裏取り”は不十分だった。
実話ゆえ経緯を細かく書いたが、結論を言うと、メアリーたちは会社命令で再調査、ダン・ラザーも番組で説明するが、何と裏取りの決め手、ホッジス将軍が「キリアン文書は偽物」と言い出し、攻撃の矛先はメアリー個人にまで向けられる。事態の収束を図る会社は、内部調査委員会を設置、メンバーにはブッシュに近い有力者もいた…。強大な権力を相手にするということは“絶望的な戦い”を意味する。会社は味方にならず、まさしく“孤立無援”の戦いを覚悟しなければならない。
★日本でもスクープ潰し。「西山事件」の場合
『ニュースの真相』より以前、日本にも、権力によってニュースが、ジャーナリストが葬られた有名な事件があった。もう半世紀近く前のこと、毎日新聞政治部・西山太吉記者が1971年、日本政府の「沖縄密約」を日本社会党議員に情報漏洩した。「アメリカが支払うべき“土地原状回復費”400万㌦(12億円=時価)を日本政府が肩代わりして支払う」という、政治の裏側を暴いた大スクープだった。
社会党は外務省の極秘電文のコピーをもとに国会で追及し、国家を揺るがす大事件に発展する。日本政府は電文コピーを本物と認めながら密約は否定。東京地検は情報源の捜索に躍起になった。その結果、西山記者が外務省の女性事務官に「酒を飲ませて肉体関係を結び、情報入手した」ことを突き止め、事務官を国家公務員法違反(機密漏洩)、西山記者を同法(教唆の罪)で逮捕した。
当時、まだ学生だったが、一連の報道に強い違和感を覚えた。これほどの大スクープなのに「入手手段」だけが問題にされ、肝心の「密約」はどこへやら。同じ思いの人多かったはずだが、マスコミ好みの“男女関係”がクローズアップされ“日本政府の欺瞞”はどこかへ消えてしまった。これが“権力の手口”だった。毎日新聞は「言論弾圧」として政府を非難し当初、西山記者を擁護したが、週刊誌が二人の“不倫関係”をスクープ。地検の起訴状にも関係が明記されるに及んで情勢が一変。当の毎日新聞も「情報入手手段が不適切だった」として「おわび」記事を掲載し以後、この問題追及をやめた。
“端っこ記者”でも、スクープが生き甲斐の生活を長く続けた。プロ野球担当なら「監督交代」か「トレード」、「新外国人選手」、映画担当なら「製作ニュース」「キャスト決定」などを求めて日々血まなこの生活が習性だった。社会部や政治部に比べてスケールは浅く小さく、人の生命にかかわるような大問題はまずない。だが「誰も知らないネタ」を求める記者精神に変わりはない、と自負している。
政府や外務省がどれほど壁が厚いか、球団や映画会社の比ではないことは十分過ぎるほど分かる。そんな“鉄壁”の取材対象を相手に「何としても情報を得ようとする」記者魂は当然。西山記者はそれをやってのけたのだから、誤解を恐れずに言えば大変な凄腕記者。私には“記者の鑑”だ。これが、男女逆で女性記者の快挙だったら、これほどスキャンダラスにはならなかったのではないか。“権力の手口”は変わらないだろうか?
だが、建前として“公序良俗を重んじる”世間は“不適切な関係”を許さない。スキャンダラスな二人の関係は格好のワイドショーネタになり、後に映画にもなった。裁判では、一審で西山記者無罪、女性事務官懲役6月、二審で西山記者懲役4月(執行猶予1年)、女性事務官懲役6月(執行猶予1年)。最高裁では「正当な取材活動の範囲を逸脱するもの」と“西山記者の取材”を断罪している。
問題の「密約」はすでに多くの人が知っているだろう。政府は2010年まで否定し続けてきたが、鳩山由紀夫内閣時代に設置された「調査委員会」が2010年3月、「密約の存在」を認めた。西山記者の大スクープは正しかったのだ。この事件で、映画監督の故大島渚監督の言動が記憶に鮮烈だ。大島監督は「知る権利などというのは自明のこと。極秘資料のスッパ抜きに次ぐスッパ抜きで日本中をあふれかえさせること」と西山記者にエールを送っている。
だが一方で「ジャーナリストなら、活字で勝負するべき」と“社会党への情報漏洩”と情報源の秘匿にも失敗したことを反省点も挙げている。結果的に世間を騒がせたのは情報源の一点だった。この事件により、毎日新聞は大きく部数を減らし、経営悪化に陥った。“国家の謀略”は大新聞社を傾かせることも出来る、と言える。
この失敗に懲りた訳ではないだろうが、安倍“暴走政権”は「特定秘密保護法案」を提出、2014年12月に施行された。「日本の安全保障に関する特に秘匿を要するもの」について「特定秘密の指定」をされ、その漏洩は厳しく罰せられる。つまり、西山記者のようなスッパ抜きは厳罰に処され、もうあり得なくなる。大島監督がヤジった「スッパ抜きに次ぐスッパ抜き」などもはやは見果てぬ夢だ。
ずばり「特定秘密保護法」は「権力者が抱える危ない秘密」は漏らしてはならない、ということ。国民の知る権利など無視して、ひたすら権力におもねるしかない。これは「報道の自由」の圧殺にほかならない。古い時代は伝聞、小説や映画でしか知らないが、ここから悪名高き「治安維持法」まではあと一歩。先の参院選で“憲法改正”が射程に入ってきた今、日本は「いつか来た道」をひた走っている、と実感する。
映画『ニュースの真相』の「大統領軍歴報道」でも、CBSは担当プロデューサー解雇、その上司3人を辞職させて収拾を図った。「重要証拠」になった「キリアン文書」のフォント(字体)が当時使われていなかったことや、軍関係の表記が当時の文書と異なることなどから、CBSが委託した「外部調査委員会」は「メモが偽物とは言えないが、あいまいさを残したままで放送した」と結論付けた。
正しかった西山記者が葬られた日本と、大統領に歯向かって解雇された女性プロデューサー。“孤立無援”の戦いを志すジャーナリストの出現は、映画のヒーロー以上に難しいのかも知れない。
(安永 五郎)
公式サイト⇒ http://truth-movie.jp
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