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『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』

 
       

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作品データ
原題 Les Héritiers 
制作年・国 2014 フランス 
上映時間 1時間45分
監督 マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール
出演 アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
公開日、上映劇場 2016年8月6日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町、角川シネマ新宿、8月13日(土)~テアトル梅田、今秋~京都シネマ、元町映画館他全国順次公開

 

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~「無知は罪なり」をしっかり体得した生徒たち~

 

スカーフをつけたまま校内に入ったイスラム教徒の女子生徒が、教師から「(スカーフを)外しなさい」と言われ、「卒業したので、その規則は通用しない」と反発する。冒頭から、いきなりとげとげしいシーン。教育の場での「表現の自由」と「政教分離」の軋みを目一杯見せつけられ、これはそんじょそこらの学校映画ではないぞと覚悟を決め、銀幕に向き合った。


フランスはパリ郊外の公立高校。白人のフランス人、アラブ人、ユダヤ人、黒人、アジア人……とクラスメイトは民族のるつぼ。当然、宗教も家庭環境も異なる。冒頭のシーンは、多様化しているフランスの公立学校の現状を象徴していた。花の都パリは世界各国から観光客が訪れ、それこそ多民族が寄り集まっているが、少し離れた郊外の衛星都市に行けば、また違った意味で、コスモポリタン的な状況になっている。かつての植民地(フランス海外県)の人たちが戦後、より豊かな暮らしを求めて宗主国フランスへ移住してきたのである。そこに昨今、問題になっている移民も流入し、白人でないフランス人が増えてきつつある。同じように世界各地に植民地を有していたイギリスもしかり。


french2016-6-27-kisekino-500-2.jpgそんな高校に、歴史のベテラン女性教師アンヌ・ゲゲン(アリアンヌ・アスカリッド)が赴任し、問題児や落ちこぼれの生徒が集まる1年生のクラス担任になる。彼らは勉学意欲が低く、ほんの少しでもタガが外れると授業崩壊になる。経済的にも厳しく、中には荒んでいる家庭もある。当然、教室には、暴力の匂いをはらませた「ヤバイ」空気が充満している。


この設定、学校映画の1つのパターンだ。古いところでは、ロックンロールが炸裂する『暴力教室』(1955)、シドニー・ポアティエ主演の『いつも心に太陽を』(1967)を思い浮かべる。ミシェル・ファイファーが体当たりで熱血教師を演じた『デンジャラス・マインド/卒業の日まで』(1995)も忘れられない。他にも挙げればキリがない。教師と生徒。ややもすれば、対立関係になりがちな両者が少しずつ距離を狭め、やがて絆が芽生えるプロセスは確かにドラマ性がある。本作も、その意味では〈学校映画の王道〉といえる。


「教育歴20年。教えることが大好きで、退屈な授業はしないつもり」。最初の授業で自己紹介をするアンヌ先生の揺るぎない自信にまず驚かされる。これまでぼくが出会った数多くの教師の中でここまで言い切った人はいない。彼女はよほど実績を積んできたのだろう。こうもストレートにズバッと言われると、思春期の子なら、大抵、カチーンとくる。ぼくがこのクラスの生徒なら「何やこのおばはん、口先ばかりに決まってるわ。嫌味やなぁ」と思ってしまう。当時、ぼくは口の悪い生徒でした……( ;∀;)


kisekino-500-4.jpgアンヌ先生はしかし、ホンマもんだった。ブレがなく、きちんと行動に移し、ひと味違った歴史の授業を行っていた。単に重要な出来事の説明、時代の流れ、年代を教えるのではなく、立場によって異なる歴史認識やプロパガンダ的な面、勝者の見方など歴史の奥底に潜む重要な要素をわかりやすく解説してくれる。どれも教科書に記されていないことばかり。これぞ生きた授業! 受けたくなった。


ただ、その面白さがなかなか生徒たちに伝わらない。理解できない。それは基礎的な知識が乏しく、知ろうとする努力をしていないからだ。換言すれば、知的欲求の欠如。だからアンヌ先生は「知ることの大切さ」を生徒たちに〈体得〉させようとする。この〈体得〉が映画のキーワードとなる。


その方策として、「アウシュヴィッツ」を調べさせ、全国歴史コンクールで発表させようというのである。確固たる目標に向かって生徒やサークルの面々が一丸となるのは学校映画の定石。ビッグバンドのメンバーがコンクールで大健闘する『スゥイングガールズ』(2004)のように、やたらと音楽関係が多い。だが、ここではテーマがテーマだけに、かなりベクトルが異なる。この時点で、本作は〈学校映画の王道〉からいい意味で外れていく。


kisekino-500-5.jpg「ナチスの強制収容システムにおける子供たちと青少年」。これが正式な課題である。高校1年生にとっては極めて重いテーマだ。大学の卒論でも難渋しそう。人類最大の〈負の遺産〉ともいえる惨たらしいホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)に目を向けたくない。もう過ぎ去った出来事、今さら掘り返さなくてもいい。どこから手をつければいいのか。そもそも、何のために調べる必要があるのか……。生徒たちが反発する理由はわからないわけではない。


実はホロコーストはフランスにとって密接に関わっていた。第2次世界大戦中、ナチス・ドイツ占領下で樹立されたヴィシー政権が、それに加担していたのは周知の事実。絶滅収容所に送られたフランス系ユダヤ人がことのほか多い。彼らを描いた映画を思い浮かべると、ルイ・マル監督の『さよなら子供たち』(1987)、メラニー・ロラン主演の『黄色い星の子供たち』(2010)……。そうそう、『サラの鍵』(2011)もあった。どれも強烈なインパクトを与えた。


フランス国籍を有している生徒たちにほんの昔、70余年前に自国で起きたおぞましい出来事を知ってほしい。アンヌ先生はそう願っていたのだ。そう、1人の人間として最低限、知っておくべき歴史。「無知は罪なり」、「愛の反対は無関心」。必死になって生徒を導こうとする彼女の情熱的な姿を目にし、マザー・テレサの言葉が浮かんできた。白衣を着ていなくても、小柄なアンヌ先生が何だかマザー・テレサのようにぼくには映った。


french2016-6-27-kisekino-500-3.jpg映画はセミ・ドキュメンタリー形式で撮られていく。俳優と演技経験のない生徒を半分ずつ選び、一応、セリフはきちんと決めていたようだが、ありのままの授業風景が映し出されていた。演技しているとはとても思えなかった。全く違和感がない。この先生なら絶対に信頼できる。着いて行ける。そう思わしめるほどアンヌ先生のオーラがビンビン伝わってきた。


本作は実話の映画化。高校1年の時、この課題に挑んだアハメッド・ドゥラメという黒人青年が映画の立案者で、マリー=カスティーユ・マンション=シャール監督と共同で脚本を執筆し、出演もしている。背の高い青年だ。多少、誇張された部分があると思われるが、概ね、あの濃厚な1年を再現しているのだろう。生徒たちの描写も申し分ない。ツッパッていた美形の女子生徒が次第に心を和らげていく姿は、予定調和的とはいえ、胸にグッときた。


french2016-6-27-kisekino-500-1.jpg映画のハイライトは、アウシュヴィッツを生き抜いたご老人が彼らの前で実体験を語り聞かすシーン。生々しい証言。ぼくは身を乗り出して聴き入ってしまった。この方、撮影の直後に黄泉の客になられたそうだ。戦争体験者が次々と世を去っている。今のうちに〈記憶〉を〈記録〉として残しておかなければならないと痛感した。


本作の原題を日本語に訳すと、「相続者たち、後継者たち」。教育の本質を突いているようなタイトルだ。昨今、自信を喪失している教師が多いと聞く。ぜひともこの映画を観て、何か参考にしてほしい。いや、教育関係者だけではない。信念を持ってエネルギーを注げば、必ず何らかの形で返ってくる。100%でないかもしれない。別に20%でもええやん。ひょっとしたら倍返しになることもあるかも。そう信じて行動することの大切さをアンヌ先生と生徒たちが身をもって教えてくれた。


(エッセイスト:武部好伸)

公式サイト⇒http://kisekinokyoshitsu.jp/

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