原題 | Un tango mas |
---|---|
制作年・国 | 2015年 アルゼンチン・ドイツ |
上映時間 | 1時間25分 |
監督 | ヘルマン・クラル |
出演 | マリア・ニエベス、ファン・カルロ・コペス、パブロ・ベロン、アレハンドラ・グッティ、アジェレン・アルバレス・ミニョ |
公開日、上映劇場 | 2016年7月9日(土)~Bunkamuraル・シネマ、7月30日(土)~テアトル梅田、8月13日(土)~シネ・リーブル神戸、9月~京都シネマ ほか全国順次公開 |
タンゴの神に選ばれた至上のダンスペア。
愛と激情の軌跡を、魂のタンゴ音楽で彩る。
1995年、ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノが初共演した映画「ヒート」は、大物俳優の2人が敵同士として“激突”するというので話題を呼んだが、独立した2本の主演作かと思うくらい、なかなか真っ向から取り組まない。結局、同じシーンに納まるのはほんの一瞬のみで、肩透かしをくらった記憶がある。さて、ここで紹介する「ラスト・タンゴ」の2人、マリア・ニエベスとフアン・カルロス・コペスは、1997年におよそ50年にわたるコンビを解消して以降、絶縁状態にある。ヴィム・ヴェンダースの愛弟子で、アルゼンチン出身のヘルマン・クラル監督の、並々ならぬ熱意の賜物で実現した映画“共演”は、おそらく最初で最後になるのではないかと思われる。タンゴ・ダンスの世界的普及に大きく貢献した伝説のコンビを描いたセミ・ドキュメンタリーだから、派手な銃撃戦など出てはこない。が、“激突”はどうだろう。愛と人生を懸けてタンゴを踊った男と女のこと、並みのサスペンス・アクションでは敵わぬ緊迫感があった。
ブエノスアイレス。老いてなおカクシャクとしているなどとは、うかつにも口にできない威光を放つ80歳のマリア。タクシーの後部座席で紫煙をくゆらせ、車窓から夜の街を眺める姿は「タンゴの母」あるいは「女帝」の貫録だ。そんな彼女の「もう2度と、私とフアンのようなペアは生まれない」という独白は、亡き恋人を悼むかのようにも受け取れたのだが、そもそもフアンは健在だ。自らハンドルを握る、スーツ姿もダンディな83歳のフアン。若かりし頃はさぞかし…と想像したとおり恋多きモテ男だった。言外に、マリアの複雑な女心を感じたのは、あながちではなかったようだ。
貧しい生い立ちのマリアが、フアンと出会ったのは14歳の時。恋に落ちた2人の無防備な若さ、互いしか映らない瞳の情熱をアジェレン・アルバレス・ミニョ&フアン・マリシアが、さらに壮年期のエピソードをアレハンドラ・グティ&パブロ・ベロンといったアルゼンチンを代表する人気ダンサーたちがダンス・パフォーマンスで表現。タンゴの名曲が彩るマリアとフアンの愛と人生の軌跡を堪能し、タンゴの神髄に触れる。なんとも贅沢なおもむきだ。
1959年、タンゴ音楽の巨匠アストル・ピアソラと舞台を共にしたマリアとフアンは、ニューヨークへ。小さなテーブルの上でタンゴを踊り大反響を巻き起こし、ラスベガスで結婚。名声も愛も手に入れたマリアだったが、「私のストラディバリウス」と彼女を賛美したフアンの野心、女性問題に振り回され、ついぞ望んでいたような平凡な幸せを育むことはできなかった。
酸いも甘いも噛み分けた老練なマリアは毒舌でシニカルだが、どこか愛らしくもある。生まれ変わっても同じ人生を選ぶと、誇らしげに言い切ったうえで「フアンと生きること以外はね」とは、譲れない女の意地か。離婚後、極秘で20歳年下の女性と再婚したフアンへの“遺恨”を残しながらも、彼と踊り続けたマリア。ほかの誰にも代わりは務まらないことは、フアンとて同じ。彼らは、タンゴの神に選ばれた至上のパートナーだったのだ。コンビを解消したマリアの心情を映した黒子のダンサーとのタンゴ・シーンには、切なく心を揺さぶられた。頬を寄せ合い脚を絡ませ、激情をほとばしらせて踊るあの頃の2人は、愛さえタンゴの神に捧げねばならなかったのだから。
(映画ライター:柳 博子)
公式サイト⇒ http://last-tango-movie.com/
(C) WDR / Lailaps Pictures / Schubert International Film / German Kral Filmproduktion