原題 | torneranno i prati |
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制作年・国 | 2014年 イタリア |
上映時間 | 1時間16分 |
監督 | 監督・脚本:エルマンノ・オルミ |
出演 | クラウディオ・サンタマリア、アレッサンドロ・スペルドゥーティ、フランチェスコ・フォルミケッティ、アンドレア・ディ・マリア、ニッコロ・センニ |
公開日、上映劇場 | 2016年5月21日(土)~シネ・リーブル梅田、 6月4日(土)~京都シネマ、6月~ 神戸アートビレッジセンター |
~圧倒的な映像美で語る戦争映画~
『木靴の樹』(1978年)の巨匠エルマンノ・オルミ監督の最新作。こんなに静かで美しい戦争映画があるだろうか。それでいて、戦争がいかに人を疲弊させ、人間の尊厳を奪うかが切々と伝わる。「戦場は若者を一挙に老いさせ、帰還兵は死をもちかえることになるだろう」という言葉が胸に迫る。死の恐怖と常に対峙させられたまま、前線の塹壕で過ごす時間が、若き兵士たちのこころを静かにむしばんでいく…。
1917年、第一次世界大戦下のイタリアとオーストリアの国境に位置するイタリア・アルプス。数メートルを越す雪が積もった山あいで、イタリア軍とオーストリア軍は、塹壕を掘って、静かに向き合っている。前線の状況を知らない平地の司令部から、大佐らがやってくる。前線の大尉は、命を軽んじる無謀な作戦に抗議するが、戦場では、上官からの命令には逆らえない…。
モノクロかと思うほど美しい画面に、カメラがとらえていくのは、暗く静まりかえった塹壕の中の、兵士たちが大切にしている家族や恋人の写真や手紙。故郷を想い、不安と恐怖に耐える兵士たちの生気のない顔…。映画は、戦局が膠着した前線の塹壕での小さなエピソードを積み重ねていく。誰もが寒さと食糧不足と風邪で弱っていくばかり。そんな過酷な状況でも、家族のように仲間の兵士を気遣い、助け合う姿に救いを感じると同時に、外に出た途端、狙撃され、一瞬で命を奪われる恐ろしさに身がすくむ。
この映画で何より印象に残るのは、映画全体を支配する静けさだ。月に照らされた銀世界でウサギやキツネが走り、雪の積もった木々が美しくたたずむ自然の圧倒的な美しさ。そして、塹壕の暗闇の中の静寂。その静謐さが砲撃により突如、破られる怖さ…。カラマツの樹に砲弾が落ち、燃えあがるさまは幻想的なほどに美しい。
19歳で、ヒロイズムに駆られて従軍したオルミ監督の父に捧げられた作品。幼い頃、父親から戦争の話をよくしてもらったという監督は、死が待ち受けていることを知りながら、塹壕で出撃命令を待つ時間の恐ろしさや、戦争がいかに人を狂わせるものかを父が息子たちに分からせようとしていたのではないかと語る。かつて激戦地であった場所にも、今は緑がよみがえりつつある。戦争の記憶を決して風化させてはならないという監督の決意が伝わる。戦争の理不尽さに心を痛め、悩み、常に死を思いながらも戦わなければならなかった若き兵士たちの瞳が私たちの心を射抜く。戦争映画でありながら、この美しさと静けさは必見。
(伊藤 久美子)