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『王の運命―歴史を変えた八日間―』

 
       

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作品データ
原題 The Throne 
制作年・国 2015年 韓国 
上映時間 2時間05分
監督 イ・ジュニク (『王の男』) 
出演 ソン・ガンホ(『スノーピアサー』)、ユ・アイン(『ベテラン』)、ムン・グニョン、ソ・ジソプ
公開日、上映劇場 2016年6月4日(土)~シネマート心斎橋、近日~元町映画館、ほか全国順次公開

 

★“容赦ない韓国映画”李朝ものも…

 

テレビドラマで人気を博した李朝の王イサンの「祖父と父の確執」を描いた王朝物語。目上の人を敬う儒教の国では考えにくい“祖父と父親の敵対関係”が、いかにも韓国映画らしくエゲつない。


“容赦ない韓国映画”とは昨夏、ある映画館がつけたキャッチフレーズだが、よく言い表し得たと感心した。韓国映画がモーレツに凄く、容赦ないのは「隣に敵性国がいる」からだと思う。だが、映画『王の運命』はこの国にはもっと凄まじい歴史があったことを教えてくれる。


ounosadame-500-4.jpgテレビドラマが先だったが、重要なジャンルになった“王朝もの”。この時代(李氏朝鮮は1392年~1910年)からすでに怨念渦巻くエネルギーをひしひしと感じさせた。朝鮮の第21代国王・英祖(ソン・ガンホ)は、40歳を過ぎて生まれた息子を世子(セジャ=王位継承者)に育て上げようと厳しく教育する。だが世子(ユ・アイン)は父の望みとは裏腹に、芸術と武芸好きの自由奔放な青年に成長する。王の期待は怒りと失望に変わり、世子もまた、親子として接することのない王に憎悪を募らせる…。


ounosadame-500-1.jpg一度できた父子の溝は修復できず、二人の関係は悪化の一途をたどる。王朝には取り巻きも多く、世子の失脚を目論む一派の画策で謀反も起きる。捕えられた世子は王から「いっそ正気を失え」と罵倒されて精神の均衡を失う…。これほどまでののっぴきならない親子関係が韓国映画ならでは“圧巻のドラマ”だ。そこに肉親ゆえの甘さなどない。日本でも似たケースはあるはずだが、憎悪の深さはこの国には到底及ばない。


ounosadame-500-3.jpgかくて世子はある夜、刀を握りしめて王の御所へと向かう。異変に気付いた正室(ムン・グニョン)は夫の母・暎嬪(ヨンピン=チョン・ヘジン)に助けを求め、思い止まらせることが出来たが、父は更なる過酷な仕打ちを用意していた…。


ounosadame-500-2.jpg李王朝の運命を変えた『壬午禍変(じんごかへん)』は、空っぽの狭い米びつに閉じ込める“刑罰”。もちろん飲まず食わずで。これほど残酷な刑があろうか。  映画では「一日目」からカウントされ、過酷極まりない8日間がつぶさに描かれる。見ているだけでも息苦しくなるほどだ。
 


  

★政治も恋愛も際立つ“分断国家”の凄み

 

韓流ブームは、テレビドラマはNHK「冬のソナタ」('02年)の大ブームが発端。その後、続々と多様な韓国ドラマが登場して今に至っている。映画にはもっと古い歴史があるが、日本で注目されたのは『シュリ』('99年)のスマッシュヒットから。それ以前に、イ・チャンホ監督『外人球団』('86年)や、ぺ・チャンホ監督『神様こんにちは』('87年)などが一部ファンの注目を集めていたが、爆発したのは“分断国家の恋愛物語”だった。


『シュリ』はファンならご存知。韓国の凄腕情報部員(ハン・ソッキュ)が国内で頻発する暗殺事件を追ううち、一人の謎の女が浮かび上がり、どうしようもなく惹かれていく。クライマックスは韓国―北朝鮮の友好親善試合の大舞台。情報部員が愛した女は北朝鮮の女スパイだったことが判明する…。仕事と愛に命を賭ける二人のドラマはスリリングそのものだった。


韓国映画が「容赦ない」のは、隣に敵性国家があり、38度線で南北が引き裂かれた“分断国家”ゆえ。「ベルリンの壁」崩壊後、世界のどこの国にもない“不幸な運命”こそが韓国映画の力の源だと思う。『シュリ』が日本でも大ヒットした一番の原因は、何よりもその迫真性。日本はもちろん、ハリウッドでも絵空事になってしまう“劇画みたいな話”が「十分あり得る話」だったからだ。


ハン・ソッキュはその後『二重スパイ』('04年)でも複雑な恋するスパイを演じて人気者になるが、この頃の韓国映画は“分断国家の悲劇”が大テーマで独特の人気を集めた。決定打は朝鮮戦争を真っ向から描いたカン・ジェギュ監督『ブラザーフッド』('04年)。力を合わせて仲良く助け合って生きてきた兄弟が1950年6月、朝鮮戦争勃発で引き裂かれてしまう。韓国中の観客の琴線を震わせナンバーワン・ヒットを記録したのは記憶に新しい。


その前年にヒットした『シルミド』('03年)は、青瓦大(韓国大統領府)襲撃事件の報復として、シルミド収用の死刑囚31人が訓練を受け、北朝鮮・金日成主席の暗殺を企てる、というこれも劇画みたいな話だが、決行直前、韓国政府の“方針変更”も含めて“本当にあった話”というから凄い。“38度線の脅威”はそれほどリアルで生々しい。


人気・実力とも韓国一のキム・ギドク監督が脚本を書いた『プンサンケ』('12年)は、分断国家に痛烈なメッセージを放った作品だった(監督はチョン・ジェホン)。38度線を軽々と飛び越え、ソウルとピョンヤンを3時間以内で行き来して手紙やメッセージを届ける青年(ユン・ゲサン)の物語。南北に離散した家族をつなぐ彼に、韓国に亡命した北朝鮮高官の元恋人を連れ帰る依頼が舞い込む。この二人が裸で凍てつく川を渡るうち互いに恋愛感情を抱くようになる。『シュリ』同様、分断国家の悲哀が滲んだ。


ジェホン監督がキャンペーンで来日した際、聞いてみた。「分断国家は韓国映画の外すことの出来ないモチーフか?」。監督は「必ずしもそうではないが、この映画は視点を少し変えている」と答えた。だが、そのすぐ後に「撮影中に“延坪島(ヨンピョンド)”砲撃事件が起こり、そのためこの映画も脚本を変えた」と付け加えた。なんと…延坪島砲撃事件とは2010年11月に、北朝鮮が北方限界線を越えた大延坪島に向けて突然、砲弾を発射した事件。韓国側も応戦して“一触即発”の危機が朝鮮半島を震撼させた。撮影隊に直接影響はなかったというが、まさしく“在住戦場の国”と痛感した。映画『プンサンケ』により迫真性が加わったのは間違いないだろう。


経済問題や日米安保問題は抱えてはいるが、某女性タレントの不倫問題がそれ以上の大騒ぎになっている“平和日本”。平和なことは喜ばしいことに違いないが、韓国とは厳しさで差がつくのはやむを得ないかも知れない。

  (安永 五郎)

 公式サイト⇒ http://www.ounosadame.com
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