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『帰ってきたヒトラー』 

 
       

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作品データ
原題 Er ist wieder da
制作年・国 2015年 ドイツ 
上映時間 1時間56分
原作 ティムール・ヴェルメシュ(「帰ってきたヒトラー」河出文庫)
監督 デヴィッド・ヴェンド
出演 オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト、カッチャ・リーマン
公開日、上映劇場 2016年6月17日(金)~TOHOシネマズ シャンテ、TOHO(梅田、なんば、二条、西宮OS)、OSシネマズミント神戸、他全国ロードショー

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~やっかいな独裁者が人気者に!~

 

「悪の権化」ともいえるアドルフ・ヒトラー(1889~1945)。古いところではチャップリンの『独裁者』(1940)、新しいところでは『わが教え子、ヒトラー』(2007年)しかり、ヒトラーは映画の中で随分、笑い者としてコケにされてきた。本作は独特な笑いを誘うのだけれど、素直に笑えない。もとい、「安易に笑うたらアカン」と思わしめる、そんな意味深な映画だった。ひょっとしたら、相次いで作られている「ヒトラー映画」の決定版かもしれない。

 
第二次世界大戦末期の1945年4月30日、ソ連軍に包囲されたベルリンの総統地下壕で、独裁者は結婚したばかりの新妻エヴァ・ブラウンと共に自殺した。そのまま地獄に堕ちて閻魔さんに舌を抜かれるはずだったのに、どういうわけか69年後の2014年にタイムスリップしてしまった。白煙とともに現代のベルリンに忽然と姿を現したヒトラー。56歳。自分が未来にいることを知り、ショックのあまり気絶するも、「これは神意だ。これからも戦っていかねばならない」とドイツ再生のために立ち上がる。

 
hitler-500-1.jpgやっかいなオッサンが甦った! 「ガオーッ」とゴジラのような雄叫びを上げるかと思いきや、それがなかなかのジェントルマン。威厳を備えた落ち着きがあり、時折、笑顔も見せ、礼儀正しく、きちんと社会ルールを守る。それに驚くほど純粋なのだ。ホロコースト(大量殺戮)を引き起こしたモンスターではなく、1人の人間としてヒトラーを描いているのがこの映画の最大の売りだ。

 
ヒトラーはどんな状況になろうとも全くブレない。自らのアイデンティティーともいえる信念をしっかり心の礎に据えているからだ。時代錯誤は致し方ないが、かくも自信を持ち、揺るぎない価値観を持っている人物に接すると、あれよあれよという間に惹きつけられてしまう。本人は演技をしているつもりはさらさらなく、素なる自分をそのままさらけ出しているだけなのに、いつしか人心をつかんでいく。そんなヒトラーをてっきりモノマネ芸人と思ったテレビ局が視聴率競争の起爆剤に出演させるや、たちまち人気者になっていく。

 
hitler-500-4.jpgどこか拠りどころのないフラフラしている現代人が、ヒトラーのような人物が登場すると、たちどころに吸い寄せられる、そんな怖い現実をこの映画は突きつけていた。ドイツ人なら、年配者は体験的に、若い人なら歴史の授業でイヤというほど学習しているおぞましいナチズムの信奉者なのに、そういうことはお構いなし。カリスマ性だけでどんどん魂が奪われていく。そこがたまらなく怖い。つまり現代は非常に危うい時代になっているということだ。これは別にドイツだけに特有のものではなく、どこの国でもありうると思う。

 
怪しげな新興宗教の教主。もっと卑近な例を挙げると、華麗なるアイドル。ヒトラーがそんなふうに思えてならなかった。知らぬ間に高々と祭り上げられ、自分の周りに多くの賛同者、ファンが取り巻いている。それは1934年、ヒトラーが政権を掌握し、陶酔したドイツ国民がこぞってナチズムの洗礼を受けたときと全く同じ状況だ。ヒトラーという魔物を生み出したのは、紛れもなく国民だった。ポピュリズムの本質をこの映画は容赦なくぶつけてくる。
 

hitler-500-5.jpg映画の中のヒトラーはあまりにも長身で、ぼくは最初、違和感を抱いていた。演じたオリヴァー・マスッチという俳優は身長が195センチもある。実際のヒトラーは175センチ。ちょび髭と髪型はいいとしても、顔が似ているようで、細部を見ると、あまりそっくりさんではない。なのに軍服をまとい、後ろで手を組みちょっと前かがみになって歩く姿を見ると、ヒトラーその人に思えてくる。ということは、そこそこ弁舌豊かで、何かしらの〈オーラ〉を発散させれば、誰だってヒトラーになれるということか。

 
驚いたのは、ヒトラーがテレビクルーとともにドイツ各地を巡る様子をセミ・ドキュメンタリー方式で撮っていたこと。映画の撮影とはわかっていながら、主人公ヒトラーに好意を示す人たちのあまりの多さにぼくは吃驚した。もちろん反発する人もいたが、数の上ではマイナーだった。その現象をヒトラー役の俳優自身が一番、怖がっていたという。そんな中、ネオナチ組織のメンバーが何とも言えない困惑した表情を浮かべていたのがとりわけ印象深かった。

 
hitler-500-3.jpgテレビ局が絡んでいるというのも面白い。ヒトラーはかつてマスメディアを最大限に活用したことを風刺したのだろう。そのテレビ局自体がひとつの国家のように思えた。独善的な幹部がブチ切れ、エキセントリックな「ヒトラー」に変貌する。だれでもすぐに独裁者になってしまう。シャレと思えるこのシークエンスに映画のテーマが潜んでいた。もう一度、じっくり観れば、「えっ!?」と思うところが他にもいろいろ浮かんでくるかもしれない。

 
それにしても、よくぞこんな映画を自国で撮れたものだ。ナチス・ドイツを削ぎ落とそうとしている現在のドイツでは、ヒトラーはタブー視されている。学校では、生徒が質問するとき、挙手ではなく、人差し指を伸ばす。手を上げる行為がナチスの敬礼を想起させるからだという。いかにもドイツらしく、徹底している。ふと思った! この映画、もう少し子どもたちを絡ませてもよかったのではないかと……。

 
hitler-500-2.jpg原作は、2012年にヒトラーの一人称で書かれた小説だ。情報化社会が進行し、多種多様な価値観が生まれる中、人間1人ひとりの「個」が希薄になっている。そんな昨今、あえてヒトラーとは何だったのか、ナチズムを生んだ原因は何だったのかを、ブラックユーモア的に、かつシニカルに問いただした姿勢は大いに評価したい。

 
いとも簡単にヒトラーは作り出される。そのことを肝に銘じ、自分の考えをしっかり持っていなければいけないと、この映画を観て痛感させられた。流されやすい社会の風潮に警鐘を鳴らす映画だったと思う。『帰ってこられないヒトラー』、いや、『たとえ帰ってきても、居場所のないヒトラー』。今度はそんなタイトルの映画を観てみたい。


武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト⇒ http://gaga.ne.jp/hitlerisback/
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