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『クリーピー 偽りの隣人』

 
       

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作品データ
制作年・国 2016年 日本 
上映時間 2時間10分
原作 前川裕(『クリーピー』光文社文庫刊)
監督 監督・脚本:黒沢清  共同脚本:池田千尋
出演 西島秀俊 竹内結子 川口春奈 東出昌大 香川照之 / 藤野涼子 戸田昌宏 馬場 徹 最所美咲 笹野高史
公開日、上映劇場 2016年6月18日(土)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹、ほか全国ロードショー

 

★都会はコワい!「隣は何をする人ぞ!」

 

黒沢清監督の映画は何気ない怖さが特徴だ。音と映像で怖がらせるホラー映画とは違ってじんわり怖い。『クリーピー  偽りの隣人』で一番ゾッとしたのは主人公・高倉刑事(西島秀俊)が引っ越し先の隣の少女・澪(藤野涼子)にお父さんのことを尋ねる場面、少女は突然「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」。えっ?


近所どころか、隣に誰が住んでいるのかさえ分からない。では隣は一体誰?現代の都会に潜む恐怖が忍び寄る。


creepy-500-2.jpg高倉刑事は、取り調べていた連続殺人犯の心理に興味を引かれるあまり、逃走を許し、一般人を死なせてしまう。この事件がきっかけで警察を退職。妻の康子(竹内結子)とともに郊外の新居に引っ越し、平和に暮らす。康子は高倉の留守中に引っ越しあいさつに出向くが、一方の家では「そういうお付き合いはしてません」。もう一方の西野家では主人(香川照之)の尊大な態度にショックを受ける。


creepy-500-3.jpg隣近所が無愛想なのは今時、珍しいことではないだろう。どんな人が住んでいるかさえ不明で地域社会はすでに崩壊している。高度経済成長が始まる以前、昭和30年代の前半ぐらいまで、こんなことはあり得なかった。都会の真ん中でも、商店街などは端までどんな店があり、どんな人が主か、みんなが知っていた。町内会もあれば年に一度は盆踊りがあり、夜店もあった。つまり、都会でも住む人々の顔が見えていた。


節目はやはり東京五輪(1964年)だろうか、人間関係が希薄になり、マンションのような集合住宅では無関心、不干渉が住民たちの「礼儀」になった感がある。都市の人口集中、田舎の過疎化が深刻化したのもこの頃からだった。

 

★“恐怖の素”は家庭崩壊、地域社会の喪失

 

そんな時代に合わせた“現代の映画”やミステリーも続々登場している。宮部みゆき原作を大林宣彦監督が映画化した『理由』('04年)の家族が“現代社会の恐怖”を実感させた。


東京都内(荒川区)の超高層マンションで一家4人が殺される事件が起こる。「人の出入りが多かった」というその家には誰が住んでいたのか?  調べが進むに連れて謎が深まる。「4人家族」に見えた一家は、一切血縁関係なく、全員が他人だった。ミステリーは謎解き小説だが、謎は正統派本格推理では「なぜ殺されたか」、「犯人は誰か」に絞られる。殺された被害者が誰だったか、彼らはどんな関係だったのかが謎という『理由』はきわめて斬新かつ“現代的”だった。


日本映画は今年創業120年を迎えた老舗、松竹に代表されるように、主に家族内のドラマを中心に描いてきた。喜びも悲しみも家族とともにあった。だが、日本を代表する名匠・小津安二郎監督がはるか昔(昭和20年代)に予感していたように、日本の家族は核家族化し、崩壊の一途を辿る。つまり、日本的な情愛を前提としたホームドラマはもはや成立し難くなっている。


さらに極端な映画も現れた。昨年公開された本多孝好原作『at Home(アットホーム)』(蝶野博監督)は、3人家族だが、父親(竹野内豊)は空き巣泥棒、母親(松雪泰子)は結婚詐欺師、息子もまた偽造職人志望という犯罪家族で、父親が拾い集めてきた他人ばかり、血縁は一切ない。いわく付きの“アンチ家族映画”だった。お互いの無残な境遇から救われ、家族になったことで結束を固めていく。


“生みの親”より“救いの親”といういかにも現代らしい構図だろうか。結婚詐欺がバレて誘拐された母親を救うために、そんな嘘八百家族が一丸となる。本物の家族よりも固い絆を見せる話が“家族の現状”への痛烈な批判にほかならない。


実際、近ごろはしつけと称して「幼い子供をプラスチック・ケースに入れて」殺害したり、お返しのように子供による親殺しも頻繁に社会面を賑わせる。“家族愛”はどこへ行ってしまったのか?  本物の家族よりも寄せ集めの“疑似家族”が映画の主役になるのも当然かも知れない。


隣国と敵対する韓国だと“隣人”はさらに恐怖だ。『レッド・ファミリー』(13年、イ・ジュヒョン監督)は、非の打ちどころのない理想的な「隣の4人家族」が、実は北朝鮮のスパイで冷酷な暗殺者、というとんでもない恐怖一家だった。  『クリーピー~』の隣人は『レッド・ファミリー』に近い。高倉元刑事は、隣人の西野から康子について一方的に罵られ、警戒心を抱く。彼は大学教授として、6年前の「一家行方不明事件」の調査に当たるが、未解決事件にのめり込むうち、康子は西野や娘・澪と急速に近づいていく。高倉は一家行方不明事件についても西野が怪しいと直感する…。


creepy-500-1.jpg常軌を逸した男の家族、その異常性は、北朝鮮の組織的暗殺者でなくとも「お付き合いしたくない」隣人に違いない。みんなが声を掛け合った地域社会の喪失を嘆くのは団塊オヤジの繰り言だろうか。

     (安永 五郎)

公式サイト⇒ http://creepy-movie.com

(C)2016「クリーピー」製作委員会

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