制作年・国 | 2016年 日本 |
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上映時間 | 1時間57分 |
監督 | ・脚本 是枝裕和 |
出演 | 阿部寛、樹木希林、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、橋爪功、池松壮亮他 |
公開日、上映劇場 | 2016年5月21日(土)~大阪ステーションシティシネマ、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹他全国ロードショー |
~人生、こんなはずじゃなかったと思う大人に贈る応援歌~
劇中でテレビから流れる昭和の歌姫、テレサ・テンの『別れの予感』を聞き、私の学生時代、周りはドリカムや渡辺美里などノリのいい歌を歌っているのに、なぜかいつもテレサ・テンの歌を好んで歌う同級生のことを思い出した。若いのにこんなに切なく、人生を悟ったような歌をわざわざ歌うなんてと思っていたが、私も今ならこの歌詞の意味や心情が良く分かる。まさしくこの歌の歌詞から『海よりもまだ深く』というタイトルをつけたという是枝監督。理想通りに生きられず、失うことばかりのダメ男と母親、そして元家族との忘れられない一夜を等身大で綴った。主人公だけではなく、母親や、元妻、その息子など、誰でもどこかに共感する部分が潜む、正に私たちの物語でもあるのだ。
良多(阿部寛)は、15年前に文学賞を受賞したきり鳴かず飛ばずの作家。妻、響子(真木よう子)と離婚し、今や月に一度息子の真悟(吉澤太陽)に会うのが唯一の楽しみだ。探偵事務所で「小説のための取材」と称して働く良多は、響子の現恋人を突き止め、心穏やかではないが、自身も小さい頃父親と離れた境遇の後輩、町田(池松壮亮)は唯一良太を応援する存在だった。真悟と一日を過ごしたある日、良多は母・淑子(樹木希林)の団地に連れていき、響子も迎えにやってきたが、台風の到来により、一夜を皆で過ごすことになる。
別名「団地映画」と言わんばかりに、昭和を象徴するような郊外の団地の佇まいや、タコ型滑り台のある公園、そして部屋での生活ぶりが丁寧に映し出される。樹木希林演じる淑子が、長年子どもを育て、夫亡き後一人で住んでいるこの団地での暮らしぶりのリアルさは、主婦あるある満載。インスタントコーヒーの中紙にあらかじめ穴が開け、スプーン不要でさっと一振りしてコーヒーを入れる技なども「私といっしょやん!」と、本筋ではないところで大いに共感してしまう。もちろん、息子や元嫁、孫との会話では、折に触れて笑えるけど真を突いた深い言葉を放つ。ダメなところもいっぱいだが、いつまでたっても可愛い息子、そして孫や元嫁を前にした樹木希林の演技は、これまた自然で味わい深いのだ。
阿部寛が絶妙のさじ加減で演じるダメ息子、良多は、口ばかりで、手にしたお金も競輪につぎ込んですっからかんになってしまうような、人は悪くないが、しゃきっとしない男。子ども相手に「そんなに簡単に、なりたい大人になれると思ったら大間違いだ!」と説教をし、大人気ないところも笑わせる。元妻響子も、自分の力で生きて行くのに必死でありながら、変わらずダメな良多のことが心配な女心を覗かせる。そして、息子の真悟はそんなダメ父が好きだけれど、母の恋人の前ではいい息子を演じなくてはいけない。離れてもお互いが気になって仕方がない元家族が一つになった台風の夜、過去のようには戻れなくても、新たな気持ちで前に進むきっかけを掴む姿が愛おしい。
お小遣いを期待して実家にきた良多に、淑子がベランダで栽培しているみかんの木に水やりしながら、「大きいだけで実はならないけれど、何かの役に立っているのよ」と語りかける。なりたい大人になっている人など、ほんの一握りだろうけど、悲観しなくていい。それでも生きるのが人生。そんな是枝監督の声が聞こえてくるようだ。個人的には、最近脱ぐ演技の多い池松壮亮が、彼らしいかわいさと切なさの混じった後輩役で出演しており、そのシーンだけはちょっとバディー映画のような軽やかさがあったのも楽しかった。
(江口由美)
公式サイト⇒:http://gaga.ne.jp/umiyorimo/
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