原題 | Sicario |
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制作年・国 | 2015年 アメリカ |
上映時間 | 2時間01分 |
監督 | ドゥニ・ヴィルヌーヴ |
出演 | エミリー・ブラント、ベネチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、ジェフリー・ドノバン、ダニエル・カルーヤ |
公開日、上映劇場 | 2016年4月9日(土)~角川シネマ有楽町、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 ほか全国ロードショー |
~ボス逮捕へ! 正義の女性捜査官が見たメキシコ国境線の現実~
法律やモラルが何の意味も持たない地域がある。アメリカとメキシコの国境地帯もそのひとつ。麻薬組織が幅を利かせ、善悪の境すら曖昧な危険地帯へ、正義感あふれるFBIの女性捜査官が入り込んだら…そんなシチュエーションに引き込まれるアクション・サスペンス編。
ケイト(エミリー・ブラント)は、上司ジェニングス(ヴィクター・ガーバー)から、特殊部隊に抜てきされる。アメリカ社会の元凶ソノラ・カルテルを壊滅させるため、最高幹部ディアス追跡の専任チームを結成。彼女は豊富な現場経験を買われスカウトされる。思いもかけない“出向要請”だったが、かねてから“巨悪を討つ”ことを目標にしてきた彼女は志願する。
作戦チーム・リーダーの特別捜査官グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)とともに、ケイトが小型ジェット機に乗り込むと、そこには寡黙なコロンビア人・アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)もいた。行き先はメキシコのフアレス。だが彼女に作戦内容は何も知らされなかった。ケイトの正義感は国境地帯でズタズタにされる。メキシコ警察に先導されて着いたフアレス市内で目にしたのは、カルテルが見せしめのために高架下に吊るした死体…。
時節に合わせたわけではないだろうが、米国・共和党トランプ候補の「国境に壁を作る」発言で世界から注目される場所が舞台。この地域ではテロや殺人、誘拐、それに不法移民といった問題が年々深刻になっているという。これほど時宜を得た映画も珍しい。そんな“ホットゾーン”を舞台にした新作映画とは興味津々、映画の持つ大きな効用ではないか。
アメリカ―メキシコの国境は古くから注目される場所だった。映画では鬼才オーソン・ウェルズ監督『黒い罠』(58年)が国境をメーン舞台にした傑作サスペンス映画だった。冒頭、異様なほど長い移動撮影によるロングカットは伝説にまでなっている。メキシコ政府の特別捜査官ヴァルガス(チャールトン・へストン)がアメリカ人の妻と国境地帯の街へ新婚旅行に出かけるが、アメリカ領に入った途端、車の爆発を目撃する。職業柄、捜査を始めるとアメリカ側の警部は露骨に拒否。やむを得ずヴァルガスは共同捜査を開始する…。麻薬組織は登場しなかったようだが、国境警備の警官の不可解な動きは現代に通じるものだろう。
オーソン・ウェルズと言えば、歴代世界1位に選ばれたこともある映画『市民ケーン』で“新聞王”ハーストをモデルに、アメリカ人の深層心理にまで踏み込んで米国社会を描いた。パンフォーカスの斬新な手法にも圧倒された。そんな“アメリカの巨人”も注目した危険地帯だった。
専任チームはある施設でディアスの兄・ギエルモの身柄を引き取った後、米国境の手前で『黒い罠』同様、渋滞に巻き込まれ、カルテルの襲撃を受ける。事前に察知したチームは激しく応戦、敵を皆殺しにしてしまう。容赦ない銃撃戦もまた苛烈な国境地帯の象徴。ケイトは無法きわまりない応戦に「民間人を巻き添えにしかねない」と反発、グレイヴァーに食ってかかるが「これが国境の現実だ。見るものすべてから学べ」と一蹴される。
倫理の崩壊、正義感の危機。だが、ケイトはさらに恐るべき“国境の真実”を知らされることになる…。“善悪の境界(ボーダーライン)”を象徴するのがアレハンドロの存在だ。登場するだけでただならぬ凄みを漂わせるこの男、カルテルの内実に精通したコロンビア人の元検察官で一家を皆殺しにされ、今では復讐に燃える暗殺者になっていた。“正義の検察官”が麻薬組織を狙う暗殺者になる。ケイトには信じられない“転向”だが、今は組織壊滅の目的は同じ。善悪紙一重も“国境の現実”に違いなかった。
アレハンドロ役のベニチオ・デル・トロは前作『エスコバル 楽園の掟』(14年)では残忍非道な麻薬組織のボス、エスコバルを演じたばかり。出世作『トラフィック』(00年)で麻薬捜査官を演じてアカデミー賞助演男優賞を受賞した彼には“十八番”の役どころだろう。麻薬捜査官→組織のボス→組織に復讐する暗殺者といずれも異なる役どころで抜群の存在感を発揮するところが凄い。今作ではデル・トロ自ら「セリフを減らしてくれ」とイヴァニク・プロデューサーに要望があり、それに応えると「彼は目の動き、頷き方や目線のそらし方で演じていた。名役者だ」と絶賛。そして「彼はこの映画の心であり、魂である」とまで断言した。
映画は、アレハンドロが拷問によって“秘密のトンネル”の存在を聞き出す。カルテルがアメリカとメキシコの往来に使用しているものだった。ケイトにカルテルの内通者の警官が接近してピンチに陥ったり、チームの真の狙いは頂点に君臨する“麻薬王”ファウストだったといった真相が次々に明らかになったりと、何も信じられなくなった彼女は打ちのめされる。「捜査を最後まで見届けたい」一心で“秘密のトンネル”に身を投じた彼女は一体何を見るのか…。
それにしても、カルテルに秘密のトンネルがあったなんて、映画の方がトランプ候補の「壁発言」の上を行くようで興味深かった。
(安永 五郎)
公式サイト⇒ http://border-line.jp/
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