原題 | THE REVENANT |
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制作年・国 | 2015年 アメリカ |
上映時間 | 2時間37分 |
監督 | 監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ 撮影:エマニュエル・ルベツキ 音楽:坂本龍一 |
出演 | レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディ、ドーナル・グリーソン、ウィル・ポールター |
公開日、上映劇場 | 2016年4月22日(金)~全国ロードショー |
受賞歴 | 第88回アカデミー賞(2016) 主演男優賞(レオナルド・ディカプリオ)、監督賞(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ)、撮影賞(エマニュエル・ルベツキ) |
~ディカプリオ、鬼の形相を見せてオスカーをゲット!~
レオナルド・ディカプリオが念願のアカデミー賞主演男優賞に輝いた。寒さ、痛さ、飢え。サバイバル・ドラマに欠かせない3点セットを全編、濃厚に見せ切り、その上でのすさまじい復讐劇とあって、ズシーンと腹の底に響く骨太な作品に仕上がっていた。そこまでやらんでもええのに~と思いたくなるほど、主演のディカプリオは、ちょっと大げさかもしれないけれど、まさに命懸けで体を張っていた。酷寒の物語だが、雪と氷が解けてしまいそうなくらい熱い、熱い、熱い演技を見せてくれた。
前回のクエンティン・タランティーノ監督『ヘイトフル・エイト』に続き、またも西部劇を書くことになった。といっても、この映画で描かれる時代は、『ヘイトフル・エイト』の40年以上もさかのぼる1823年の物語。カウボーイ、ガンマン、無法者、賞金稼ぎといったウエスタンの重要なアイテムがいっさい登場しない。そのころのアメリカは中央部を流れるミズーリ川以西が未開の地で、川の流域で豊富に獲れるシカ、クマ、ビーバーなど動物の毛皮による交易がアメリカ経済を支えていた。だから主役はハンター(狩猟者)である。
彼らに対峙したのが、有史以前から自分たちの生活圏で自由に暮らしていた先住民(ネイティブ・アメリカン)だった。17世紀以降、一攫千金を狙う白人が徐々に先住民の土地に“侵入”してきたので、当然、両者の間でいざこざが起きる。征服者と披征服者。この映画は後者寄りの姿勢を貫き、白人に思うようにはいかせないという先住民の〈凄味〉をツボを押さえてにじませていた。この映画をより楽しむためには、こうした時代背景を知っておくほうがいいと思う。
ディカプリオ扮するヒュー・グラスは実在した人物で、映画は幾分、脚色されているとはいえ、ベーシックなところは実話である。ロッキー山脈東側の辺境地域で、毛皮会社の狩猟団をガイドする仕事に就いていたとき、とんでもない目に遭った。それが本作で克明に描かれている。本当にこんな体験をしたのかと驚くほどだ。題名のごとく、「レヴェナント=Revenant(黄泉の国から戻った者)」として、彼の物語はアメリカではよく知られているようだ。
グラスはスコッツ・アイリッシュ(スコットランド系アイルランド人)である。映画では先住民ポーニー族の女性と結婚し、息子のホーク(フォレスト・グッドラック)を授かったことがドラマを深化させる要因になっていた。実際はポーニー族に拉致され、長らく“奴隷状態”が続く中で部族の女性と結ばれたそうだ。子どもがいたのかどうかは定かではない。ひょっとしたらこの部分はフィクションかもしれない。
霧が立ち込め、鬱蒼とした原生林が生い茂る情景をとらえた冒頭シーン。冷気が銀幕を覆い、観ているだけで底冷えがしそうな感じ。そんな中、ヘンリー隊長(ドーナル・グリーソン)率いる狩猟団が毛皮を船に搬入しようとしていた矢先、いきなり先住民のアリカラ族に襲撃される。当時、ライフル銃はまだない。1発ずつ弾を込めて火縄で撃つ旧式のマスケット銃だ。引き金を引くと、銃口から炎がさく裂し、まるで目に見えるようにして銃弾が飛んでいく。何とも詩的でありながら写実的。この場面を目にし、これは安心して観ていられるぞとぼくは思った。細部を丁寧に描く演出。これがホンモノの映画なのだ。
前人未踏の手つかずの地で、自然光のみで撮影を貫き、湿気を帯びた緑の匂いと寒気がビンビン伝わってくる。その映像には神々しさすら感じられた。『アモーレス・ペロス』(2000年)や『バベル』(2006年)などで見せたアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の徹底したこだわりがここでもしっかり踏襲され、その執念の演出が昨年の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)に続き、2年連続でアカデミー賞監督賞受賞という栄誉をもたらした。長回しも健在で、主人公の重い感情を観る者の心にグッと染み入らせる効果を出していた。
前半のハイライトは、グラスが子連れのハイイログマに襲われるシーンだ。森の中で突然、母グマが突進して来て、本能のまま爪を立て、肢体を噛みちぎる。CGのクマとはいえ、あまりの凶暴ぶりに体が固まってしまった。クマが一旦、引きさがり、再びグラスに覆いかぶさるしつこさが演出の真骨頂だった。そのせいで、ぼくは一気にグタッと疲れた。まだあと2時間ほどあるのに……。普通の人間ならここで息絶えてしまう。主人公はしかし、死なない。この先何度も危うい目に遭いながらも、最後まで生きながらえる。まさに〈ダイ・ハード〉だった。それゆえ「伝説の男」になったのだろう。ぼくなら4、5回は間違いなく死んでいた。
グラスが生に執着した原動力は復讐心だった。怒りと絶望、そして全てをなくした喪失感を乗り越え、最愛の息子を殺したジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)を何としても捜し出し、報復しようと誓う。その怨念が信じられないエネルギーを生み出す。このフィッツジェラルドという男が見るからに姑息的な悪(ワル)で、それが物語をギュッと引き締めていた。『マッドマックス怒りのデス・ロード』(2015年)で見せたトム・ハーディの役どころとは対極的だが、驚くほどハマっていたと思う。
氷点下5度の凍てつく川を泳ぎ、木の実を食べ、生魚を頭からかぶりつき、死んだ馬の腹の中に隠れ、オオカミを蹴散らしてバイソンの肉をほおぼる……。先史時代のクロマニヨン人を彷彿とさせ、どこを取っても野生人丸出しだ。しかも重傷を負って歩けず、這いつくばりながら進んでいくというのがすごい。火星に1人取り残される『オデッセイ』(2015年)のサバイバル度はなかなかのものだったが、肉体的なハンデと強烈に厳しい自然環境、これといって道具を持ち備えていないという諸条件を鑑みると、はるかにこちらの方が偏差値が高い!
よくよく振り返ると、ディカプリオはほとんどセリフを発していなかった。孤独との闘いでもあったから、すべて顔の表情で演技していた。スタントマンを使わず、驚異的な体力、精神力、忍耐力をストレートに体現させた演技は確かに見ごたえあった。それにプラスして、何度も見せた鬼のような憎しみの形相があったからこそオスカーにつながったと思う。撮影中、鼻の骨を折ったという。鼻のどの部分が変形しているのかをアカデミー賞の授賞式でチェックしたのだが、分からずじまい……。
「本作は私の生涯で最も充実した芸術的な経験だった」。イニャリトゥ監督はこう述べている。何言うてはりまんねん。まだ52歳。過去形で言うたらあきまへん。若い、若い、これから、これから。次回作も期待してまっせ。あれっ、最後は大阪弁になってしもうた~(笑)。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ http://www.foxmovies-jp.com/revenant
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