原題 | THE HATEFUL EIGHT |
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制作年・国 | 2015年 アメリカ |
上映時間 | 2時間48分 |
監督 | 監督・脚本:クエンティン・タランティーノ |
出演 | サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンス、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン |
公開日、上映劇場 | 2016年2月27日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹、ほか全国ロードショー |
~ややこしい8人が奏する激烈な『ウエスタン協奏曲』~
何でこんなオモロイ映画が作れるねん! 暴力シーンがやたらと多く、描写は残酷極まりないし、セリフは超下品で、差別用語がバンバン飛び交う。登場人物は8人+αだけ。しかも舞台が真冬の一軒家ときている。まさに密室劇だ。それでも、いやそうだからこそノンストップで最後まで観させる。2時間48分という長尺の上映時間を忘れさせるほど濃密な異色西部劇だった。参った、参った。
監督のクエンティン・タランティーノは、前作『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)でよほどウエスタンにはまったとみえる。本作の時代設定は、南北戦争(1861~65年)終結後の時期。この戦争ではアフリカ系アメリカ人(以下、黒人と表記)の人権を認める進歩的な北部が勝利したとはいえ、白人の優位性を堅持しようとする保守的な南部との確執がまだ根強く残っており、それが物語の大きな要素になっている。
その時代はまた西部開拓期(フロンティア)の真っただ中でもある。一攫千金を狙うアウトロー的な輩があまたいて、保安官をないがしろにする無法の町が西部に点在していた。当然、彼らをターゲットにする賞金稼ぎも多く現れた。とんでもなく粗雑で混沌とした状況。社会ルールや秩序なんてクソ食らえ。何が起きてもおかしくない。だから西部劇はドラマになるのである。
冒頭、ウエスタンに欠かせない六頭立ての駅馬車が駆け抜ける。西部劇の定番は、ジワジワと熱射が容赦なく照りつける埃っぽい乾いた大地だ。時折、突風に煽られ、ワラの塊(タンブル・ウィード)がころころ転がっていく。かつてのマカロニ・ウエスタンはそういう中でギトギトした物語が熟成されていった。なのに、ここでは一面、銀世界なのだ。駅馬車と雪の組み合わせはしっくりこないのだけれど、この〈不協和音〉が登場人物の危うい人間関係を暗喩しているようにも思える。ちょっと深読みしすぎかな(笑)。 はて、場所はどの辺りか? 特定されていなかったが、山間部の僻地であるのは間違いない。
ワケありの胡散臭い8人が強烈な個性を放つ。彼らを大阪弁で言えば、「ややこしい人ら」である。ゆめゆめお近づきになりたくない面々ばかり。紅一点のデイジー・ドメルダ(ジェニファー・ジェイソン・リー)は何をしでかしたのかは知らないが、1万ドルの賞金をかけられている。現在の日本円に換算すると、何と約2000万円~! よほどのワルに違いない。
この女悪党を捕え、町へ護送するのが賞金稼ぎのジョン・ルース(カート・ラッセル)。犯人を生かしたまま保安官に突き出し、絞首刑にさらすのが信条とあって、「ハングマン(首吊り人)」の異名を取る。見るからに粗暴な男で、しょっちゅうデイジーを殴りつける。なので、彼女の顔はボコボコ。殴られる度に、「キャッ!」とぼくは心の中で悲鳴を上げていた。女性に暴力をふるう場面は大の苦手だから。汚れ役に徹したジェーソン・リーが妙に愛おしく思えてきた。
そんな2人の前に、主人公というべきマーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)が現れる。北軍の元騎兵隊少佐だが、今や一介の賞金稼ぎだ。タランティーノ映画にはやはりこの俳優ジャクソンの存在が欠かせない。観る者を惹きつける堂々たる語り口調は紛れもなく映画の重しだ。黒人であることがドラマの中で最大限に活用され、他の白人連中から差別されまくるが、それが大きなスパイスになっていた。
南部テネシー州生まれのタランティーノは黒人との共存社会の中で暮らしてきただけに、あえて「差別」と「偏見」を際立たせ、笑いを取ろうとする癖がある。その意味で、確信犯だと思う。『イングロリアス・バスターズ』(2009年)のユダヤ人への差別発言もしかり。際どく、かつ危うく遊んでいるのである。そうした“ギャグ”に目くじら立てず、大様な気持ちで受け止めるのが大人の観客であろう。
このあと見た目はヤワな白人青年が加わる。護送先の町で新任保安官になるクリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ)。正義感に燃えているのだが、南北戦争中は黒人殺しで名を馳せた南部の強盗団のリーダーだった。そんなふうには全く見えない青二才的なところがまたご愛敬だ。こうして次から次へとけったいな人物が出てくる。オモロイ。
4人がそろったところでプロローグが終わる。そして駅馬車の中継地になっているロッジに向かい、そこから本筋が始まるのだ。彼らを迎えるのが、変に陽気なメキシコ人のボブ(デミアン・ビチル)。この男のスペイン語訛りの英語が何ともおかしい。寡黙なカウボーイのジョー・ゲージ(マイケル・マドセン)は酒ばかり飲んでいる。西部劇には安っぽいアメリカン・ウイスキーと相場が決まっているが、彼は高級ブランデーを口にしていた。その銘柄がいまだにわからず……。あゝ、気になるなぁ。ソファに居座り続けているのが南軍の元将軍サンディ・スミサーズ(ブルース・ダーン)。このご老人は超過激な黒人差別主義者ときている。ブルース・ダーンがええ塩梅に齢を重ねているのがたまらなくうれしい。
そして最後の1人が絞首刑執行人と称する小柄なイングランド人オズワルド・モブレー(ティム・ロス)である。タランティーノのデビュー作『レザボア・ドッグス』(1992年)以来、ティム・ロスはタランティーノ組の常連だったが、『フォー・ルームス』(1995年)のあとは出演が途絶え、すごく気になっていた。同じヨーロッパ人で慇懃無礼な空気を放つ技巧派のオーストリア人俳優クリストフ・ヴァルツにすっかりお株を奪われた格好だ。モブレー役はヴァルツが演じても全く違和感がない。2人はほんによぉ似てはりますわ。ともあれ、ロスが今回、出演してくれて安堵した。これからタランティーノ映画でロスとヴァルツが交互に出ればいい。いや、一度くらい共演してもいいかも。
荒野の一軒家で顔を合わせた8人。題名の意味は「憎むべき8人」。彼らは偶然、居合わせたのか、それともカラクリがあるのか。そもそもロッジの住人であるミニーという女性が留守にしているのが気になる。閉ざされた空間の中で、互いに腹を探り合い、徐々に緊迫した状況に転化していく展開はタランティーノの得意とするところだ。空気が徐々に濃縮されていく、まさにそんな感じだ。仕掛けがいくつもあり、話を過去に戻すなど「お遊び」的な演出を散りばめさせ、クライマックスへと昇華させていく。一体、何が起きるのか? このゾクゾク感、たまりまへん。完全に密室ミステリーだ。
殴られたり、蹴られたり、撃たれたりと血がほとばしる痛~い場面のオンパレード。それもリアルに描かれるので、もう勘弁してほしいと思うのだが、「この先、どないなんねん?」という好奇心がぼくの理性を吹き飛ばす。70ミリの横長ワイドスクリーンでおどろおどろしい濃厚な芝居を見せつけられると、金縛りに遭ったように身体ががんじがらめになり、銀幕に目が釘付けになる。こんな映画を作り上げたタランティーノはほんまに映画作りが好きゃねんな~と思う。次回作もぜひ西部劇を! それでもって、『ウエスタン三部作』の完結だ。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ http://gaga.ne.jp/hateful8/top/index.html
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