～世界が騒然、盤上の“第３次世界大戦”～

'60年～'70年代は激動の時代だった。ビートルズに代表される音楽、ヌーヴェルバーグの映画、“怒れる若者たち”の文学など文化やライフスタイルも変革の時を迎えていた。それ以上に米ソ両国がにらみ合う冷戦で世界が緊迫していた。

チェスの奥深さなど理解出来ない“ヘボ棋士”ながら“史上最高のチェス対決”を描いた『完全なるチェックメイト』には息を飲んだ。1972年にアイスランド・レイキャビクで行われたチェスの世界選手権。ソ連の王者ボリス・スパスキー(リーヴ・シュレイバー)に挑んだのは破竹の快進撃を続ける天才ボビー・フィッシャー(トビー・マグワイヤ)。王者と神童の激突は世界を二分するほど注目され“盤上の第３次世界大戦”とまで言われた。事実、ボビーにはニクソン大統領補佐官キッシンジャーから激励の電話も入った。

対決模様もさることながら、興味の的は「ボビーがまともに戦うかどうか」だった。彼は幼いころから天才の名をほしいままにし、14歳でアメリカ王者、15歳で史上最年少のグランドマスターになったのだから絶賛されるのも当然だが「並みの天才」ではなかった。奇行でも常識ハズレ。ＩＱ187の頭脳ながら、荒唐無稽な言動でたびたび世間を騒がせた。そんな“だだっ子ボビー”に冷静な弁護士ポール(マイケル・スタールバーグ)が「ソ連を叩きのめすために」と無料で代理人を引き受ける。
 

ソ連との親善大会でスパスキーと初対決が実現するが、ボビーは主催者に突然ギャラアップなど、無理難題を要求し、結果惨敗を喫してしまう。それでも彼は国際大会に復帰後は連戦連勝。“500年に一人の天才”とまで騒がれ、スパスキーと再び対決することに。ボビーが今度はまともに戦えるどうか。盤外の緊迫も並みではなかった…。
 

これまで、映画は様々な“対決”を描いてきた。映画になりやすいスポーツものが多く、アメリカでの人気を反映して野球、アメフト、バスケットボールなどが主流。陸上競技やマラソンも人気を集めた。“スポ根”もの以外では音楽が強く、ピアノやコーラス、ダンスも“コンペ”の重要なモチーフになった。珍しいところでは「棒たおし」なる珍競技の映画もあった。それほど“対決”好きな映画だが、動きが少ないチェスは「絵にすることが難しい」と敬遠されてきた。

日本では人気が根強い将棋も、映画になったのは伝説の棋士・坂田三吉を描いた『王将』ぐらい。これも、庶民の代表として型破りな言動で注目された生きざまが主題で、主役を務めたのが阪東妻三郎('48年)、三國連太郎('62、'63年)、勝新太郎('73年)と並べればどんな内容か、想像が付きそうだ。将棋より多い囲碁も同様で、囲碁映画では同じく三國連太郎『三たびの海峡』('95年)、台湾のスター、チャン・チェンが“百年に一人の天才”を演じた『呉清源  極みの棋譜』('05年)が記憶にある程度。

ボビーの名は“オマージュ映画”『ボビー・フィッシャーを探して』('93年)で聞き知ってはいたが、数々の奇行にはびっくり。奇行のせいでさすがのハリウッドも手を出せなかったようだ。神経が繊細、というより病的なまでに過敏。会場で「ソ連は不正をしている」と演説、あげくに「チェスをやめる」と宣言もした。   観客の声やテレビカメラの音に神経をとがらせ、卓球室での対局を望むあたりは笑わせるが、ソ連の盗聴を疑って自室で一人、受話器を分解するところなどは鬼気迫るものがある。彼はまさしく“紙一重”の天才だった。

周辺描写に力を入れた作品ではあるが、ボビーが第２局を放棄する波乱の展開になるなど「第３次世界大戦」の行方には引き込まれた。“勝負”のかかった映画は緊迫感に満ち、面白さは十分堪能できた。

   （安永 五郎）

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