～渋い男の魅力にハマる、重厚で軽妙な大人のドラマ～

久しぶりに、パンフレットを買って隅から隅まで読みたくなるような作品を観た。

エンリコ・オリヴェーリ（トニ・セルヴィッロ）はイタリアの左翼系政党の書記長。しかし、支持率は低下の一途を辿り、とうとう演説中に激しく野次られ、警備員が出動する騒ぎとなる。その晩、彼は煙のように消えるのだった。揺れる世論、焦るブレーンたち。そんなとき瓜二つの兄弟がいたら・・・世紀の替え玉作戦がいま決行される！

監督はコッポラ、フェリーニなど名だたる映画監督の助監督を務めた経験を持つロベルト・アンドー。この作品の原作小説｢空席の王座」も彼の手によるもので、イタリアの文学賞を受賞している。そして、映画化にあたっては、いまイタリアで最も脂ののったトニ・セルヴィッロとタッグを組み、イタリアのアカデミー賞にあたる賞で２冠に輝いた。特徴的な音楽と、何か起こりそうな気配をつねに漂わせながら、緊張と緩和の絶妙なバランスで観客の心をつかみ、メディアでも絶賛された。

双子が入れ替わる話は珍しくないが、５０歳という設定はちょっと意外。それにしても、この兄弟の演じ分けがみごとである。特筆したいのはその笑い方。政治家になりすましたジョヴァンニ・エルナーニ教授は破顔一笑という感じ。パリに身を隠したエンリコは職業柄と生来の生真面目さか、真顔から徐々に相好を崩す笑い方。結果的には同じ笑顔になるのだが、そのプロセスが特徴的である。そして、最高にセクシーなのだ！周囲の女たちが放っておかないのもうなづける。

重厚な音楽とともにサスペンスタッチで始まり、あくまでもシリアスに物語は展開するのだが、これに上質なコメディの要素を加えてくれるのが、書記長の部下・アンドレア（ヴァレリオ・マスタンドレア）の存在である。彼の切羽つまった表情と閑話休題、とばかり差し挟まれる謎の老人との対話がアクセントになって絶妙なハーモニーを奏でている。彼の存在なくして、この映画の世界観は完成しなかっただろう。パーティのシーンは必見。ジョヴァンニの登場で人波がスッと二つに割れ、喝采を浴びながら中央で踊る姿。それを遠巻きに眺めながら、次第に場の空気にのみ込まれてゆくアンドレア。何度でもリプレイしたいほど蠱惑的なシーンだ。

かくしてローマとパリ、二つの都市を舞台に物語は進行していく。片方はロジカルに。もう一方は情緒的に。人はふたつの人生を生きることはできない。自分の選んだ人生に疑問がよぎることは誰にでも一度はあるだろう。根底に青春時代の忘れ物をそっと拾いに行くようなセンチメンタリズムもあり、味わい深い大人のドラマになっている。冒頭にパンフレットを隅から隅まで読みたいと書いたが、逆もまた真なり。謎を残したまま観終わりたい。しばらくしてまた観る。また違う発見がある。途中からでも、何度でも、楽しめる逸品をみつけた！

（山口 順子）

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