制作年・国 | 2015年 日本=フランス |
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上映時間 | 2時間8分 |
原作 | 湯本香樹実「岸辺の旅」(文春文庫刊) |
監督 | 黒沢清 |
出演 | 深津絵里、浅野忠信、小松政夫、村岡希美、奥貫薫、赤堀雅秋、千葉哲也、蒼井優、首藤康之、柄本 明 |
公開日、上映劇場 | 2015年10月1日(木)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、T・ジョイ京都、シネ・リーブル神戸ほか全国一斉ロードショー |
~死者との絆を、信頼を取り戻し、深遠な愛を確かめ合うまでの道行き~
あなたは、大切な人をちゃんと抱きしめたことがありますか。大切な人の顔を、目を、ちゃんと見つめたことがありますか…。
深く愛し合いながらも、いつのまにか遠ざかり、夫は一人どうしようもないまま死を選んでいた…。病気に気付いてあげられなくて、と妻が言い、何も言わずに死んでしまったことを夫が謝る…。死によって隔てられてしまった夫婦が、本当の愛を確かめ合い、いつかまた会えると信じ合えるようになるまでを描いたラブ・ストーリー。
夫が失踪して3年後のある日、夜半、妻が、夫の好物だった白玉団子を作っていて、ふと振り返ると、夫が立っていた。夫は、自分はもう死んでいて、身体は富山の海で蟹に喰われてなくなったと平然と言う。死んでからここにたどり着くまでの間に世話になった人達を訪ね、きれいな場所に旅に出ようと夫が誘い、二人の旅がはじまる…。
生者と死者との旅物語。新聞配達店の老人、中華料理屋の夫婦、山村の農家と、あちこちの家に泊まり、世話になりながら、旅が続く。どの家にも死の影がつきまとい、時に、死者がたち現れ、戸惑う妻。夫は、何もかもわかっているふうで、二人の間の距離も、遠ざかったり、近づいたり…。夫が死んでからの旅路をたどっていくことで、妻は、少しずつ夫を理解し、二人の間の溝が埋まっていく。
深津絵里と浅野忠信が、絶妙な距離感で、夫婦を演じ、二人が、肩を並べて、市場に買い物に行ったり、バスに乗ったり、歩いている姿は、平凡な、どこにでもいる、仲睦まじい夫婦のようで、だからこそ普遍的で、観る者の心を打つ。
不安と安堵を行ったり来たりしながら、夫と一緒に過ごせる、今ひとときの時間を限りなくいとおしむ、健気な妻を深津が好演。長い間、夫の行方を探し、ずっと案じ続けてきた苦しみを押し隠しているが、時に、辛かった思いがあふれ出す。清楚なたたずまいと小さな体から、精一杯生きてきた気丈さがあふれる。浅野の、とらえどころのない、さりげないたたずまいは、自然で、時にどこか哀しい影を感じさせ、適役。
メガホンを握ったのは、黒沢清監督。本作で、カンヌ国際映画祭ある視点部門で日本人初となる“監督賞”を受賞。風で揺れるという効果で、日常と隣り合う死のざわめいた気配を伝える。たとえば、壁からはがれて、ゆっくりと舞い落ちる紙片や、強い風が吹き込んで揺れるカーテン…。静かに暗くなっていく部屋、順に灯される明かりと、光の微妙な変化がドラマを盛り立てる。バスの車窓からの夕焼けの景色の美しいこと。
生と死は、どうしようもなく断絶している。けれど、つながってもいて、死んでしまった人は、いなくなったわけではなく、心の中に確かにいる。この旅路は、妻が、本当の意味で、夫の死を受け入れ、夫との強い絆を自分の心の中に確信できるようになり、死者としての夫とともに生きていく決心をし、新たな一歩を踏み出すまでのプロセスといえるかもしれない。
(伊藤 久美子)
公式サイト⇒ http://kishibenotabi.com/
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