原題 | Elser |
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制作年・国 | 2014年 ドイツ |
上映時間 | 1時間54分 |
監督 | オリヴァー・ヒルシュビーゲル |
出演 | クリスティアン・フリーデル/カタリーナ・シュットラー/ブルクハルト・クラウスナー/ヨハン・フォン・ビュロー |
公開日、上映劇場 | 2015年10月16日(金)~ TOHOシネマズ シャンテ、シネマライズ、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、10月24日(土)~シネ・リーブル神戸 ほか全国順次ロードショー |
~一人で“ヒトラー暗殺”図った家具職人~
アドルフ・ヒトラー暗殺計画は実際に何度かあり、トム・クルーズ主演『ワルキューレ』(07年)でもスリリングに描かれたが、まったく別の“暗殺計画”には驚いた。“暗殺未遂犯”はヒーローとはほど遠い田舎の平凡な家具職人ゲオルク・エルザー(クリスティアン・フリーデル)。実話の映画化という。エルザーは1939年11月8日、ミュンヘンで記念演説を行ったヒトラー暗殺を図って逮捕された。ヒトラーはこの日、予定通り演説したが、悪天候のためいつもより13分早めに演説を切り上げ、そのために助かった。
エルザーという男にびっくりだ。刑事警察局長ネーベ(ブルクハルト・クラウスナー)や泣く子も黙る秘密警察ゲシュタポ局長ミュラー(ヨハン・フォン・ビュロー)の過酷を極める拷問にも頑として答えず「名前と生年月日」さえ黙ったまま。“赤色同盟”のバッジはつけたことがあるが、共産思想や党とも無縁、政党にも所属していない。爆発で8人の命を奪った巧妙な爆破装置について追及されても「全部ひとりで作った」と言い張るばかり。取り調べ側は「柱をくりぬいて爆弾を仕掛けた」ことなどから、背後に大がかりな組織あり」とにらみ“イギリス諜報機関の手先”と疑うが、そんな気配はまったく感じさせなかった。
エルザーは、コンスタンツの時計職人の工房で働き、休みには湖畔で音楽仲間とアコーディオンを奏で女の子たちとダンスに興じる平凡な青年。政治的背景のない男がたった一人で“世界の悪魔”に立ち向かったのはなぜか? 映画はミステリーの様相を強める。
彼のただひとつの弱点が、元婚約者エルザ(カタリーナ・シュットラー)の存在。彼女の命を盾に脅された彼は、彼女を守るために自白するのだが…。「ドイツにはこんな男がいた」と感心する。彼は、のどかな田舎の村でも徐々にナチスの狂気の影に覆われていくのを見て「このままでは世界は終わる」と気づいたという。ゲシュタポやヒトラーは彼の供述を信じなかったが…。
戦争の影が国中に広がる前、一人の庶民として正常に善悪の感覚を持ち「こんな男が国を率いたらみんなが大変な迷惑をする」と判断し“反ヒトラー”を明確にする。党派性も思想性も抜きでこんな結論に達したなら“凄い庶民”だ。同様に軍事独裁政権が権力を握って、日中戦争から太平洋戦争の悲惨な泥沼を経験した日本に、こんな人はいなかったのか。いたとしても日本では特高警察の弾圧な消滅したのだろうか。
ヒトラー暗殺の挙に出るようなことはなかったものの、日本で「戦争責任者の問題」を厳しく追及して注目された人はいる。『国士無双』(32年)など、軽妙な作風で才気を感じさせた伊丹万作監督(伊丹十三監督の父親)。エルザーを見て想起した。「戦争中、(自分は)病床にあった」としながらも、終戦翌年の46年に雑誌で有名な「戦争責任者の問題」を発表した。東京裁判は始まっていたが、誰も責任を取ろうとしなかった“庶民の戦争責任”に言及した。
「多くの人が今度の戦争で、だまされていたという」「だまされるということもひとつの罪」とし「一番最初にだましたのは誰か」「一人がだまされると、次の瞬間にはその男が別の誰かをだますということを際限なく繰り返していた」と戦争中の日本社会を切って捨てた。あの当時、「だまされていた」と釈明することで「戦争責任を逃れられる」風潮を、映画人として厳しく断罪したのだった。立場は大きく異なるものの、“庶民の立場”からの戦争責任論は、今現代にも通用する“社会の定理”ではないか。
(安永 五郎)
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