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『ベルファスト71』 

 
       

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作品データ
原題 '71
制作年・国 2014 年 イギリス 
上映時間 1時間39分
監督 監督:ヤン・ドマンジュ  脚本:グレゴリー・バーク  撮影:タット・ラドクリフ
出演 ジャック・オコンネル、ポール・アンダーソン、リチャード・ドーマー、ショーン・ハリス、デヴィッド・ウィルモット
公開日、上映劇場 2015年9月19日(土)~テアトル梅田、元町映画館、10月10日(土)~京都みなみ会館 ほか全国順次公開

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~地獄に突き落とされた新兵~

 

北アイルランド紛争(1969~98年)――。いまや遠い過去の出来事に思えるけれど、ぼくには現在の動向をふくめ、非常に気になる歴史的事実として胸に残っている。というのも、ヨーロッパの基層文化のひとつケルト文化に魅せられたことから、「ケルトの国」を標榜するアイルランドに興味を持ち、その流れで英国領北アイルランドにも目を向けるようになったからである。現地では、紛争を「トラブルズ」(The Troubles)と呼ばれている。和平合意(1998年)後の2000年夏、ぼくはその地を訪れ、ケルトの視点を盛り込んでトラブルズの影響や残滓をルポした『北アイルランド「ケルト」紀行~アルスターを歩く』(2001年、彩流社)を上梓した。
 

以降、紛争やそれ以前の反英独立闘争を題材にした映画がぼくにとって必見となった。古くはキャロル・リード監督の名作『邪魔者は殺せ』(47年)、紛争中に撮られたミッキー・ローク主演の『死にゆく者への祈り』(87年)やニール・ジョーダン監督のちょっと妖しい恋愛映画『クライング・ゲーム』(92年)、ダニエル・デイ=ルイスが冤罪を晴らす青年に扮した『父への祈り』(93年)、紛争終結時に公開されたコミカル風味の『ディボーシング・ジャック』(98年)、紛争たけなわの72年に起きた「血の日曜日事件」を徹底検証したポール・グリーングラス監督の『ブラディ・サンデー』(2002年)……。北アイルランド紛争とは直接、関係ないけれど、南部を舞台に内戦時(1922~23年)の兄弟間の確執をあぶり出したケン・ローチ監督の代表作『麦の穂をゆらす風』(2006年)も忘れ難い。本当に枚挙にいとまがない。このテーマだけで一冊の本が書けそうである。
 

前置きが長くなった。本作は、まさに題名通り、北アイルランド紛争がピークに達しようとしていた1971年のベルファストの物語である。当時の状況を知らなくても、ひとりの英国軍兵士の成り行きが実にスリリングに描かれており、十分、見応えがあると思うのだが、やはりある程度、時代・社会背景を把握しておくに越したことはない。ただ、それを書き出すと、とんでもなく長くなりそうなので、できるだけかいつまんで記したい。
 

英国は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」の正式名称のごとく、イングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドの4つの“国”で構成されている。ベルファストは北アイルランド(人口約160万人)の“首都”である。
 

71-hojo-1.jpgどうしてアイルランド島に英国領として北アイルランドが存在しているのかといえば、800年近く英国の植民支配下にあったアイルランドが1920年に自治を獲得(半ば独立)した際、プロテスタント系住民の多い北東部6州が英国に留まったからである。言わば、南北分断。そこから悲劇が起きた。就職、住宅、教育などあらゆる分野で差別を受けていた少数派のカトリック住民が60年代末、米国のキング牧師による公民権運動に触発され、差別撤廃を訴えた。それを機に、英国残留を望む住民(ユニオニスト、ロイヤリスト=宗教的には多くがプロテスタント)とアイルランドとの統合を求める住民(ナショナリスト、リパブリカン=多くはカトリック)との間で対立が激化し、紛争へと至った。治安維持のために英国軍が派遣されたが、いつしかプロテスタント側に加担し、ナショナリストの武装組織IRA(アイルランド共和軍)と激突。さらにIRAの内部でも穏健派と過激な暫定派に分裂し、内部抗争が起き始めていた。
 

そんな混沌としていた北アイルランドの中で、とりわけ暴動や爆破テロが日常化していたベルファストに新兵の英国陸軍二等兵ゲイリーが放り込まれたのである。彼はイングランド人青年で、ベルファストが英国内の北アイルランドの都市であることをまったく知らなかった。とかくイングランド人はイングランド以外のことにあまり関心がない。
 

71-hojo-2.jpgベルファストに到着早々、事件に巻き込まれる。映画の展開が驚くほど早い。ゲイリーの属する部隊がカトリック住民の家の捜索に当たるアルスター警察を護衛する任務に就いた。この警察、実に悪名高く、人権無視の非道な捜査を常としていた。場所は西ベルファストのフォールズ地区。紛争当時、ベルリンの壁ならぬ、隣接するプロテスタント住民が暮らすシャンキル地区との間に壁ができていた。ぼくが両地区を訪れたとき、和平合意を終えていたのに、互いの敵愾心をまざまざと見せつけられた。フォールズ地区のパブ(居酒屋)に入ると、エリザベス女王の顔写真に「×」印がつけられており、逆にシャンキル地区では、ローマ法王の顔写真にクギが打ち込まれていた。ほんまにゾッとした。両地区ともに政治的スローガンを訴える壁画が至る所に描かれていた。欧米人は“敵味方”の区別がつきにくいが、日本人なら関係なし。ぼくは無知で善良な観光客を装い、結構、やばいエリアに踏み込んでいた。
 

住民が一団となって警察と英国軍に迫って投石する場面は、そのころよく目にしていたニュース映像を想起させるほど臨場感があった。撮影地はすべてイングランドだが、銀幕に流れた映像は紛れもなく71年のベルファストだった。その任務の最中、ゲイリーがひとり置き去りにされ、一夜の逃亡劇が始まる。敵陣のど真ん中。IRAから執拗に追跡される。暴力が渦巻く見知らぬ街での単独の逃避行。いきなり地獄をさまよう怖さを、闇の世界のなかで浮き立たせた演出は見事だった。映画はフィクションとはいえ、実際にこんなケースがあったのかもしれない。
 

71-500-1.jpgIRAの穏健派と暫定派、IRAに親を殺されたプロテスタント側の少年、ロイヤリスト武装組織のメンバー、英国軍の秘密工作員、ごく普通のプロテスタントとカトリック住民……、紛争に関わったキャラクターを映画の中ですべて配し、さらに手製爆弾も裏取引(裏切り)の様子も見せた。その意味で、本作は北アイルランド紛争の凝縮版ともいえる。ただ、スピーディーに畳みかけるようにドラマが展開されるので、だれがどの組織に属しているのか、はたまたこの人物は一般市民なのか否かと理解するのがやや難しい。それほどまでに複雑な様相を呈していたということだろう。
 

闇夜にうごめく登場人物をフィルム・ノワール(暗黒映画)風に映し出し、セリフを極力そぎ落としてサスペンス色を際立たせた。ゲイリーが負傷してからは、同じようにケガを負ったまま、いろんな人物と関わりながらベルファストの街を彷徨する『邪魔者は殺せ』の主人公(ゲイリーとは逆のIRAのメンバーだったが)と重なって仕方がなかった。ヤン・ドマンジュ監督はきっと往年の名作を意識していたと思う。本作は「道行き」でなかったのが何よりも救われた。
 

71-500-2.jpg孤児院にいる幼い弟を養うために軍隊に入ったであろう優しい青年が、ある日突然、こんな悪夢の事態に遭遇するとは……。それが戦争なのだ。ベルファストの街自体が「戦場」として見据えられていた。無垢なイングランド人青年の顔つきがどんどん凶暴化していくところをとくとご覧あれ。それが監督の訴えたいところだ。
 

現在、北アイルランドはプロテスタント住民が過半数を割っており、近い将来、国民投票が行われれば、アイルランド共和国に統合される可能性が高い。そのとき再び、それを阻止せんがためにユニオニスト側の反発が予想され、紛争が起きるかもしれない。ここ数年、散発的にいざこざは発生しているものの、総じて穏やかで、多くの観光客が北アイルランドを訪れている。さぁ、これから先、どうなっていくのか。この映画の世界への逆戻りだけは避けてほしいと切に思った。

武部 好伸(エッセイスト) 

公式サイト⇒ http://www.71.ayapro.ne.jp

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