制作年・国 | 2015年 日本 |
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上映時間 | 2時間18分 |
原作 | 東野圭吾「天空の蜂」講談社文庫 |
監督 | 監督:堤幸彦 脚本:楠野一郎 音楽:リチャード・プリン |
出演 | 江口洋介 本木雅弘 仲間由紀恵 綾野剛 國村隼 柄本明 光石研 佐藤二朗 やべきょうすけ 手塚とおる 松島花 石橋けい 竹中直人 落合モトキ 向井理 永瀬匡 石橋蓮司 他 |
公開日、上映劇場 | 2015年9月12日(土)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹、ほか全国ロードショー |
★ハイテク“原発テロ”にゾクゾクッ!
これほど中身が詰まったサスペンス映画が日本で出来たことに驚く。スケールの大きなクライム・パニック大作。ターゲットはこれまで誰も手を出せなかった原子力発電所、敵は日本政府。ハリウッド映画ならおなじみのシチュエーションでも、予算やスケールでチャチにしか見えなかった「日本製」が、かくも上質なサスペンス映画に仕上がるとは…技術の進化か。久しぶりに感嘆した。
発想の凄さに舌を巻く。防衛庁(当時)の依頼で、ある企業が開発した全長34㍍、総重量25㌧の巨大ヘリコプター“ビッグB”の試験日、開発した技術者・湯原(江口洋介)らが見守る前で、自動操縦装置を備えたヘリが勝手に動き出して飛び立つ。機内には湯原の息子・高彦が乗っていた。行き先は敦賀半島(福井県)の原子力発電所「新陽」。電力会社や県庁、警察に防衛庁があわてふためく中、ビッグBは稼働中の「新陽」の真上、800㍍上空でホバリングし始める…。
前代未聞の衝撃事態にマスコミが大騒ぎしていると、正体不明だった犯人「天空の蜂」から要求が届く。「日本の原発をすべて破棄せよ。従わなければ、爆発物を積んだビッグBを原子炉に墜落させる!」。到底飲めない要求を突き付けられ、政府首脳から現場の警察、消防、電力会社に県や市の行政はあわてふためくばかり。だが“全原子炉停止”という無茶な要求に答えなど出せる訳もなかった。
警察と自衛隊はまず、機内の高彦君救出を最優先と“天空の蜂”に訴え、着手する。ホバリングするビッグBに自衛隊のヘリで近づき、銃でロープを撃ち込んで隊員が救出する離れ業。「隊員のヘリ移乗は不可」という条件の中、地上8~900㍍上空の救出はまさしく命懸けのアクロバットだった…。 前半の救出作業だけでも満腹感いっぱい。「これからどうなる? 予測もつかない」(堤監督)展開に引きずり込まれる。
★「映像化不可能」だった東野圭吾原作
まるで“近未来”の日本を予測したかのようなリアルなサスペンス。だが原作者・東野圭吾がこの小説を書いたのは今から20年も前の1995年。阪神・淡路大震災が起きたことも物語に取り入れられ、2011年の東日本大震災、福島原発事故で放射能被害が深刻化したはるか以前にこんな事態を想定していた。これがべストセラー作家の先見性か。
かつて映画監督・大島渚氏(故人)は「優れた作家(映画監督)の予感能力」を指摘したことがある。東野圭吾はミステリー作家だが、綿密な取材による状況分析と鋭い感性で“起こりうる事態”を想定し得たのだった。
“原発の恐怖”に現在のドローン(無人ヘリ)の流行、現代の脅威を20年も前に小説化した。凄いものだ。「放課後」(85年)で江戸川乱歩賞を受賞して以来の自称・東野ファンから見れば、直木賞を受賞した代表作「容疑者Xの献身」(06年)をはじめとする物理学准教授の「ガリレオ」シリーズなどとは違った“問題作”だ。この『天空の蜂』で「さらなる飛躍を目指した」原作者は、防衛庁や大学の原子力研究者、敦賀市の原発「もんじゅ」にも同行取材するなど、執筆に5年もかけたという。「原発推進派にも反対派にも与しない」立場ではあるが“脱原発問答集”のように見える。もう20年も前から「原発不要」論と「原発の怖さ」の真剣な考察はまさしく“予感の作家”なのだった。
物語は、本領とも言うべき警察による犯人探しになり、原発の下請け清掃員の病死→反原発運動、そしてラジコン・マニアの青年(綾野剛)にたどり着く。燃料切れで墜落するヘリとの“時間との戦い”も緊迫感を高める。本当に東野圭吾らしさを実感するのは、マニアックなラジコン青年の背後に、黒幕の存在があり、男には手足になる女もいる…。黒幕の秘められた“犯行動機”こそがこの映画の骨子になる。さりげなく深い。
乗り物を題材にしたパニック・サスペンスでは東映『新幹線大爆破』(75年佐藤純弥監督)と東宝『動脈列島』(75年増村保造監督)が有名だ。日本映画にはやはり多くない。開業して10年、無事故を誇った新幹線に“時速80㌔以下になると爆発する”爆弾を仕掛けた『~大爆破』、新幹線のレールに「ブルドーザーを落とす」と脅迫して列車を止めさせる『動脈列島』。いずれも歴史に残る傑作とされる。
だが『天空の蜂』はスケールの大きさはさらに傑出し、何よりも原発問題というのっぴきならない“火急の問題”に正面切って挑んだ。原発問題もかつて黒木和雄監督『原子力戦争』(78年)、池田敏春監督『人魚伝説』(84年)で「やむにやまれぬ思い」を映画に込めたものだが『天空の蜂』のように明確に問題にして見せたことに感じ入る。「よくやってくれた」思いが強い。
原子炉上空のヘリはどうなるのか…時間刻みでエンディングまでスペクタクルで引っ張る力わざは見事の一語。老舗・松竹の「創業120周年」を飾るにふさわしい、現代社会に訴えかけるパニック・サスペンスである。
(安永五郎)
公式サイト⇒ http://tenkunohachi.jp/
(c)2015「天空の蜂」製作委員会