原題 | Fasle kargadan 英題 Rhino Season |
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制作年・国 | 2012年 イラク・トルコ |
上映時間 | 1時間33分 |
監督 | バフマン・ゴバディ |
出演 | ベヘルーズ・ヴォスギー、モニカ・ベルッチ、ユルマズ・エルドガン、ベレン・サート、カネル・シンドルク、アーラシュ・ラバフ他 |
公開日、上映劇場 | 2015年7月11日(土)~シネマート新宿、7月18日(土)~シネマート心斎橋、8月8日(土)~京都シネマ、近日~元町映画館 ほか全国順次公開 |
~引き裂かれた夫婦の愛、奪われた30年という時間の重みが胸をえぐる~
国家と呼ぶならば、それは家であり、その構成員は人である。ならば、家は人のためにあるのでなければならない。それなのに、過去にも現在にも、不当な権力でもって、人を苦しめ、人を追いやり、人をどん底に陥れるような国という家がなぜ存在するのか。表現に対する制限が厳しい祖国イランから脱出し、亡命生活を余儀なくされているバフマン・ゴバディ監督が、実話をもとに自身の想いを重ねるように描いたのが、ずっしりと重量感のあるこの愛と憎しみの物語である。
映画は、1977年の革命前王政下にあるテヘラン、2年後のイラン・イスラム革命から2009年に至るまでのイラン、2010年のトルコ・イスタンブールと、時間軸を自由に動かして主人公の夫婦の姿を映し出す。クルド系イラン人のサヘルは『サイの最後の詩』という詩集により若くして名声を得た詩人で、美しい妻ミナと平穏な日々を過ごしていた。ところが、イラン・イスラム革命で政治体制が変わり、サヘルは反体制派詩人として国家転覆罪によりミナとともに逮捕されてしまう…。
サヘルに禁固30年、ミナは夫との共謀罪で禁固10年が下されただけでも酷いが、ミナにはさらに追い打ちがある。ミナに横恋慕し、異常なまでの執着を持ち続ける元・運転手のアクバルという男の存在とその仕打ち、そして政府から届いたサヘルの獄中死という嘘の知らせ。時は流れ、刑期を終えて年を重ねたサヘルの表情に生のきらめきなどどこにも残っていない。彼はすでに亡霊化している。妻の居どころを探し当てたその後の展開も痛々しく心に突き刺さってくる。
ゴバディ監督の前作は『ペルシャ猫を誰も知らない』だったが、本作にひょっこり登場するのが、タイトルにあるサイのほか、猫、犬、馬などだ。特に、年老いたサヘルの乗る車の内部に馬の大きな頭が突っ込まれる場面では、物語の重厚さとは異なるところからやって来るような笑いを誘う。監督の狙いは何なのか。人間の愚かさや哀しさを対照させているのだろうか。目を洗うようなくっきりと鮮明な映像があるかと思えば、ぼかしを強調した映像もあり、自在なアングル設定など、映像の詩人・ゴバディ監督によるさまざまな工夫が見てとれる。本当に撮りたいものが自由に撮れる、そういう環境から生み出された作品であるが、その裏に亡命の身の上という事実が貼り付いていることを忘れてはならない。
(宮田 彩未)