制作年・国 | 2014年 日本 |
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上映時間 | 1時間42分 |
監督 | 監督・脚本:中みね子 |
出演 | 八千草薫、仲代達矢、風間トオル、竹下景子、六平直政、嶋田久作、本田博太郎、岸部一徳 |
公開日、上映劇場 | 2015年6月20日(土)~シネ・リーブル梅田、7月18日(土)~元町映画館、7月25日(土)~京都シネマ、今夏、シネ・ピピア他全国順次公開 |
~心の一番奥の引出しにしまっていた想い出~
「ゆずりは」は、若葉が生えそろうと古い葉が一斉に枯れ落ち、古い葉が役目を終えて新しい葉と交代する(譲る)ようにみえることから、その名がついた。老いを前に、自分の引き際について考える女性、市子を八千草薫が淡々と演じる。メガホンを握ったのは、故岡本喜八監督の妻で、長年、岡本作品のプロデューサーを務めてきた中みね子監督。
市子は、戦前の生まれ。旧家に嫁ぐが、夫を早くに亡くし、着物の仕立てを習い、女手一つで息子の進(風間トオル)を育て上げる。和裁の腕の衰えを感じ、引退を考えていた矢先、宮謙一郎(仲代達矢)という画家の個展が軽井沢で開かれていることを新聞で読み、ふいと旅に出る。映画は、市子が軽井沢で過ごす数日間を、過去の回送シーンも交えて描く。旅先で、珈琲店の店主(岸部一徳)、和食店の女将(田村奈巳)、ペンションの主人(嶋田久作)と出会いを重ねるうちに、宮画伯本人の家を訪れることになる……。その宮画伯こそ、市子が幼い頃、疎開していた時分、ひそかに慕っていた少年だった。
市子は、親のいうままに結婚し、自分のしたいことは封印して、がむしゃらに働き、自由に生きるのは難しかった世代。老いを迎え、時間にゆとりができた時、立ち止まり、人生を振り返る旅に出る。地元に根差して穏やかに日常を営む人々に出会い、縁と縁がつながっていくのは、思いがけない幸運であり、市子への贈り物のようにも思える。
丁寧な日本語でゆったり交わされる会話、ゆっくりとした歩調。中監督が「八千草さんしか持っていない台詞回しやリズム。映画のリズムも彼女の芝居の呼吸に合わせました」と言うだけあって、美しい着物をさらりと着こなし、繊細に心配りができる市子のたたずまいに引き込まれる。このスローテンポ、最初は、少しまどろっこしく感じられたが、次第に心地よいものになっていった。息子夫婦が、自分の世話のために、仕事や趣味を犠牲にするのは、絶対嫌だと、進にきっぱり言い切る市子の毅然とした表情を見ると、自分の生き方に誇りをもち、しっかり生を刻んできた人の、温厚な表情の奥に隠された苦労の多さと芯の強さを感じた。
白眉は、なんといっても、宮画伯と市子が踊るシーン。仲代の無名塾の稽古場で、ほぼワンカットで撮り上げたものとのこと。仲代達矢の、童心に帰ったような、明るく無邪気で、楽しそうな表情がすばらしい。音楽は山下洋輔。「ジャズピアニストとしてではなく、映画音楽家として、頼みました」と中監督。童謡「赤とんぼ」のイメージと注文したとのことで、音楽もみどころの一つ。封印していた想いは、心の一番奥の引き出しに大切にしまっておけば、いつか意外な形で実るものと映画は教えてくれた……。
岡本喜八監督からは、「観客が観たい方向にカメラが移るべきで、客が何を観たいかだ」といった話を雑談でよくしてくれたそうで、雑談の中にこそ宝物があり、撮影現場でも、楽しくできるよう、普段から心がけておられたとのこと。飴玉、オルゴール、いちょうの葉と、小道具も効果的に用いられ、ラストの、華やいだ表情の市子と進をとらえたロングショットがいつまでも心にあたたかく残った。
(伊藤 久美子)
公式サイト⇒ http://yuzurihanokoro.com/
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