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『人生スイッチ』 

 
       

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作品データ
原題 WILD TALES
制作年・国 2014年 アルゼンチン・スペイン
上映時間 2時間02分
監督 ・脚本:ダミアン・ジフロン  製作総指揮者:ペドロ・アルモドバル
出演 リカルド・ダリン/リタ・コルテセ/ダリオ・グランディネッティ
公開日、上映劇場 2015年7月25日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマライズ、シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、京都シネマ、イオンシネマ京都桂川、シネ・リーブル神戸 他全国ロードショー
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~感情の耐えられない出来事、何が彼らに起ったのか?~

 
世の中、一寸先は闇。何が起きるのかわからない。その予見できないところに人生の面白さがあると思うのだけれど、良からぬことに直面すると、「運がないわ」と落ち込み、状況によれば、腹立たしくなることもしばしば。なにせ、「人間は感情の動物である」(シェイクスピア)のだから仕方がない。
 
感情を抑制すれば、忍耐力が培われるだろうが、心のモヤモヤが鬱積する。かといって、それを爆発させれば、スカッとするだろうが、大概はエライ目に遭う。ぼくも何度か経験している。犯罪のほとんどが感情をコントロールできないことに起因しているのは自明の理。そのバランスを保つのが実に難しい。
 
本作は理性を押しやり、感情の赴くまま行動に移した人たちの6つの物語を集めたオムニバスである。どのドラマも尋常ではない。一気にアクセルを踏み込み、とことん突き進む。歯止めが利かないとはまさにこのこと。シャレにもならないくらいに強烈で、だからこそ笑わせる。ぶち切れてナンボ!
 
登場人物はみな南米のアルゼンチン人だ。この人たち、感情の起伏がいたく激しい。おとなしい日本人なら、適度にブレーキをかけるので、ここまで沸騰しないだろう。ラテンの血の熱さ、濃さを改めて思い知った。
 

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各エピソードにタイトルをつけてみた。プロローグの第1話は『ハッピー・フライト』ならぬ、『リベンジ・フライト』。飛行機の乗客全員が、ある男を知っていて、いろんな関わりを持っているというのだからおったまげる。一度も登場しないその男は、元カレであったり、同級生であったり、仕事仲間であったり、元部下であったり。いったい何やねん!? 将棋倒しのように、全容が明らかになるにつれ、ミステリー風味からコメディー色に空気が変わる。そこがたまらなくおかしい。言わば、復讐劇だが、特攻隊さながら、命を賭けて仕返しするとは根性が座っている。物語のラスト、庭で休憩している2人の男女もきっと「関係者」なのだろうなぁと思わせるところがニクイ。
 
第2話も復讐の物話とはいえ、やや様相が異なる。題して、『ドラゴン・ハートの女』。雨の夜、だれもいない郊外のレストランに中年男の客が来る。その男こそ、店で働くウエイトレスの父親を自殺に追いやり、母親を誘惑したという憎き高利貸し。すわ、仇討ちか! そう思わせるや、変化球が投げられる。キーパーソンがウエイトレスではなく、何と厨房のおばちゃんなのだ!! 存在感満点のこの人、冷酷非情と言おうか、ドラゴンのごとき不穏な殺気を放っている。理性がプツンと切れた、あっ気ない顛末にあ然……。
 

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次の第3話は、舞台がガラリと変わり、雄大な自然の中を運転するドライバーの物語。題名はこれしかない。『激突!』 〈裏バージョン〉。若きスティーヴン・スピルバーグ監督がテレビ用に撮り、思いのほか出来が良かったので、急きょ、映画館で上映された傑作ロードムービー『激突!』(1971年)を思い起こさせるから。チンタラ走る車を抜いた際、暴言を吐いたことからとんでもないハメに。ここでは堂々と相手の運転手を登場させていた。ヒートアップしていく様子が劇画風で、ガチンコ・バトルの何と凄まじいこと。舞台設定といい、乾いた空気感といい、スピルバーグの映画がヒントになったのは間違いない。
 
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第4話は、ズバリ、『理由ある反抗』。ジェームズ・ディーンも真っ青。ビル解体業の男が駐車禁止区域でない場所にマイカーを停めたにもかかわらず、レッカー移動させられ、そのあと役人の杓子定規的な対応に怒り心頭。そして運に見放されて、絵に描いたように坂道を転げ落ちていく。『陽の当たらない坂道』と命名してもいいかもしれない。世界で一番、運の悪い男。自分の人生が解体され、ついにキレてしまうが、その心情は痛いほど納得できる。あっと驚く超過激な反抗に、ぼくは心の中で手を打った。
 
人間の煩悩に迫ったのが第5話である。タイトルは『地獄に堕ちた(金の)亡者ども』。裕福な実業家が、飲酒ひき逃げ事件を起こした息子に泣きつかれた。わが子可愛さゆえ、自首させることができず、顧問弁護士と相談のうえ、裏ワザを使う。当人、弁護士、検事、使用人の4者が金をめぐって欲望の深みへとまっしぐら。その行き着く先は? 黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』(1960年)ではないが、どうしようもない連中を徹底的に揶揄しているのが痛快だった。
 
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ラストの第6話は、『突然炎のごとく~ウェディング編』。華やいだ結婚式の披露宴で、花婿の浮気相手が招待されているのを知った花嫁が、嫉妬心から激変する。その瞬間、眉間にシワを作り、女子プロレスラー並みに暴れ回るところをとくとご覧いただきたい。純白のウェディングドレスが、ぼくにはリングコスチュームに見えた。こんな刺激的な宴席があってもいいかなと思いつつ、両家の親が大変やなぁと妙に心配してしまった。はて、どう決着をつけるのか。第1話から始まった、とてつもなく人間くさいドラマの数々をここで鮮やかに収めたのを見て、ダミアン・ジフロン監督の恐るべき「遊び心」に共感できた。よかった、よかった。
 
全編、どれもほんに熱くて、きわどい内容だった。スイッチが入れば、怖いモノなし。そのことを十二分に証明してくれた。でも、一線を越えた後には厳しい現実が待ち構えている……。映画を観終わってから、芥川龍之介の箴言がぼくの頭の中をグルグル駆け巡った。「人間的な、あまりにも人間的なものは、たいていは確かに動物的である」(『侏儒の言葉』より)。当たってる~!
(エッセイスト:武部好伸)
 
公式サイト⇒ http://jinseiswitch.gaga.ne.jp/
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