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『グローリー/明日への行進』

 
       

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作品データ
原題 SELMA 
制作年・国 2014年 アメリカ 
上映時間 2時間08分
監督 エヴァ・デュヴァネイ
出演 デヴィッド・オイェロウォ、オプラ・ウィンフリー、トム・ウィルキンソン、ティム・ロス
公開日、上映劇場 2015年6月19日(金)~TOHOシネマズ シャンテ、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ(なんば、二条、西宮OS)、シネ・リーブル神戸、他全国ロードショー

 

 ~非暴力主義・キング牧師の闘いは今も~

 

根深く圧倒的な人種差別の壁、猛烈な圧力を前に闘う人々には胸が熱くなる。黒人の投票権を求めて巨大な権力と闘ったマーティン・ルーサー・キング・Jr牧師。学生時代、講義の参考図書で知り「人種差別バス・ボイコット事件」の静かな抗議運動に心動かされた。暗殺されて半世紀、こんな偉大な人物がこれまで一度も映画になっていない…自由を世界に発信するハリウッドがなぜ?


selma-2.jpg南アフリカでアパルトヘイトと闘い続けたネルソン・マンデラ大統領は何度か映画になった。キング牧師とは方法が異なる黒人活動家マルコムXもスパイク・リー監督が映画化した。キング牧師は神格化されすぎたのか、それとも彼の“非暴力活動”は映画になりにくいのか。歴史上有名なキング牧師が、国民的人気テレビ司会者オプラ・ウィンフリーらの支援でようやく映画化された。暗殺から50年。この長い年月がアフロ・アメリカンの苦難の道のりではないか。


キング牧師について、詳しく語る必要はないだろう。アメリカの公民権運動の指導者、この活動でノーベル平和賞を受賞した。自由・平等・民主主義のアメリカで「人種差別があるのはおかしい」と合衆国憲法をたてに「差別撤廃」を訴え続けた。中でも、最も評価されるのが“非暴力主義”だ。


差別が根深いアメリカ南部アラバマ州。冒頭、4人の少女たちがいきなり爆殺されて驚かせ、「犯人が逮捕されない」ことに憤る。恐る恐る「有権者申し込み」をする女性(オプラ)に難題を吹っ掛けて却下する…手ひどい差別の実態をこれでもか、と見せつける。遠く離れた日本では考えられない過酷な黒人差別。だが、日本人にも見られる“内なる差別”は無縁ではないだろう。


selma-4.jpgすでに、多くの黒人たちの信頼を得ているリーダー格のキング牧師(デヴィッド・オイェロウォ)は「公民権法は南部では有名無実」と、時のジョンソン大統領(トム・ウィルキンソン)に「黒人投票権を認める法案提出」を迫る。キング牧師には、電話盗聴を含むFBIの徹底マークがつき、私生活は丸裸にされていた。


“差別主義の権化”はアラバマ州知事ジョージ・ウォレス(ティム・ロス)。投票権をはねつけ、警察を使って黒人を虐待する白人至上主義思想は、悪名高きKKK(キュー・クラックス・クラン)と変わらない。   キング牧師の温和な運動は急進派には物足りなく見えるが、断固要求を突き付ける粘りが身上。言を左右して煮え切らない大統領に、彼が取った作戦は、南部セルマから州都モンゴメリーまで80㌔を歩くかつてないデモンストレーション“大行進”だった。


キング牧師の闘いも非暴力の姿勢も3回の大行進、とりわけ歴史的な場所、エドマンド・ペタス橋に集約される。キング牧師が都合で参加出来なかった1度目、ウォレス知事らの中止命令に逆らって行進がスタートしたものの、ペタス橋上で待ち構えた警官隊が突然、襲いかかり、無防備な群衆は逃げ惑う。惨劇は国中に生中継され、痛ましい実態が全米で論議を呼んだ。  キング牧師はあまりの惨状に「肌の色は関係ない」と人種を超えて聖職者仲間に支援を要請。良識派の白人もこれに応じ、2度目の大行進には黒人歌手のハリー・ベラフォンテやニーナ・ジモン、白人のジョーン・バエズらも参加する大規模なものになった。ヒット曲「バナナボート」で知られるハリー・ベラフォンテがデモに参加したニュースはテレビで見た記憶がある。アメリカ南部の街の出来事は、確かに世界的なニュースになり、日本の高校生にも届いていた。


キング牧師が先頭に立った2度目の大行進は、橋の上で警官隊が「道を開けて」と声をかけ、武装警官たちが両側に寄る。今回は成功か、と思われた時、キング牧師はその場に膝まづいた後、神に祈り引き返していく。仲間も警官隊も唖然とする中、2度目の大行進も終息する。


selma-3.jpg「警官隊の罠」と察知したのか、それとも2度目の惨事を予感したのか?  仲間からも「なぜ?」と突きあげられたキング牧師は「自分が悪者になることを選ぶ」と“神の導き”を示唆する。警官隊が道を開けたのに引き返す、これが“非暴力”キング牧師の真髄に違いなかった。


呼び掛けを受けて参加した白人が、同じ白人からリンチされて死亡する事件も起こり、“キング牧師の呼び掛け”が深刻な事態を招くことにもなった。だが、仲間割れの危機をも乗り越えて3度目。ジョンソン大統領でさえ「ウォレスと同じ歴史に名を残したくない」と黒人の選挙権を認める法案を提出して、差別撤廃運動は大きな第一歩を刻んだのだった。


3度目の大行進”はモノクロのドキュメンタリー・フィルムでリアリティーを伝えた。黒人たちの喜びあふれる表情が、実話の重みを持って迫る。これまで“歴史の転換点”は何度か目撃してきたが、中でも一番誇り高く、喜びに満ちたシーンだった。


selma-5.jpgノーベル平和賞受賞のスピーチで「私には夢がある。真の平等が生まれ、育つことを信じる」とキング牧師は話した。理想主義者らしく純粋な思いがあふれた“伝説のスピーチ”。だが、彼の崇高な夢は「今なお達成途上」というしかない。黒人大統領が実現しても「白人警官による黒人殺害」事件が頻発するアメリカ。黒人俳優フォレスト・ウィテカー製作の『フルートベール駅で』で描かれたような、白人警官に黒人が大した理由もなく殺される事件が起こる現実は、60年代のアラバマや全米を騒がせたロス暴動と変わらない。つい先ごろもボルチモアで、同様の事件が起こり、黒人が抗議する騒ぎを起こした。そのニュースは、さながら古いビデオテープを見るような“悪夢の再現”としか思えない。
「私には夢がある」と誇らしげに語ったキング牧師の“イマジン”実現は今なお遠い。  

(安永 五郎)

公式サイト⇒ http://glory.gaga.ne.jp

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