原題 | AMERICAN SNIPER |
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制作年・国 | 2014年 アメリカ |
上映時間 | 2時間12分 |
原作 | クリス・カイル、スコット・マクイーウェン、ジム・デフェリス著「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」(原書房刊) |
監督 | 監督:クリント・イーストウッド、 脚本:ジェイソン・ホール、 プロデューサー:クリント・イーストウッド、ロバート・ロレンツ、アンドリュー・ラザー、ブラッドリー・クーパー、ピーター・モーガン |
出演 | ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラージェイク・マクドーマン、ルーク・グライムス、ナヴィド・ネガーバン、キーア・オドネル |
公開日、上映劇場 | 2015年2月21日(土)~丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、OSシネマズミント神戸、TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS)他全国ロードショー |
受賞歴 | 第87回アカデミー賞 音響編集賞 受賞!! |
★“伝説”の狙撃手を襲う危機の予兆
84歳クリント・イーストウッドがまた深化し、新たな高みに達した。『アメリカン・スナイパー』は4度イラクに派遣され“伝説”と称されたスナイパー、クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)の物語。理想的な兵士が、帰還中は夫であり父親であろうとしながら心を戦場に残した“脱け殻”になる、そんな悲劇を描いた痛切な人間ドラマだ。
『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』二部作(06年)はじめ、戦争映画も手がけてきたクリントだが「これが決定版」というべき迫真映像で“戦争の真実”を見せる。このド迫力ライヴ感はどうだ。スピルバーグが『プライベート・ライアン』(89年)でリアルそのものの“ノルマンディー上陸作戦”を見せて戦争映画の常識を覆したように“クリントのイラク”もまた、見たことない生々しさで迫る。
1・9キロ先の標的を正確に仕留める男、公式な記録だけでその数160人…。化け物のような数字が残るカイル・クリス(ブラッドリー・クーパー)はアメリカ軍の理想の兵士。「彼は弱者のために戦う意義を信じる、大柄で強い少年」とクリントは言う。最前線で体を張る海兵隊員を、背後から守るスナイパー。正確無比な射撃で何人もの味方を敵の銃口から守り、伝説になる。
カイルのスコープにいきなり少年と女性が入る。イラクでは、彼らとて残虐なテロリストかも知れない…そんなスリリングな緊張をはらんで、見る者をスナイパー感覚に引き込む。「拾うな」という思いもむなしく、少年が物体を拾い上げると、カイルの銃が火を噴き少年を威抜く。投げられた爆弾は戦車に当たって炸裂…。戦場で非情に徹するスナイパーにはきわめて当然の仕事にすぎなかった。
アメリカ最強の狙撃手、クリス・カイルの半生を描いた衝撃の実話。原作「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」をもとに、戦場での仕事と個人、狂気の戦場と平和な家庭。その“光と影”の強烈なコントラストがクリントの主張だ。
スナイパーなら日本では人気劇画『ゴルゴ13』が知られる。高倉健(73年)と千葉真一主演(77年)で2度実写映画化もされている。失敗のない神業の射撃、圧倒的な強さと冷静沈着な行動には一点のミスもない。警官が殺人現場にいながら「どこから狙撃したか見えず分からない」ために犯人追跡さえ諦める…劇画だから可能な絵空事だった。だが、激戦の地イラクにそんなマンガみたいな神業スナイパーがいた。まさに驚き!
カイルは、後方からの射撃が仕事だが、時に掃討作戦も買って出る、根っからの真面目兵士だ。 それほど仕事に打ち込む男が、帰国して家庭に帰ると、ちょっとした異音にも敏感に反応してしまう。妻タヤ・カイル(シエナ・ミラー)はそんな夫に「体は目の前にあっても心はここにいない。帰って来て」と空しい思いを伝える。戦場で多くの人間を標的としてきた男に、家庭は安住出来るものではなかった。これが「“世界の警察”たるアメリカの宿命」か。理想の兵士であればあるほど心に“狂気”が忍び寄り、いつしか壊れていく。
★揺らぐ“アメリカの正義” 兵士もまた…
戦場で感覚が麻痺した人間は、近年、戦争映画の重要なモチーフだ。70年代のベトナム戦争では多くの“反省映画”が登場した。コッポラ『地獄の黙示録』(79年)は全編“戦争の狂気”に満ちていたし、その後、様々な立場から“ベトナム”が描かれた。
地獄(戦場)と平和(故郷)の対比ではマイケル・チミノ監督『ディア・ハンター』(78年)が鮮烈だった。仲間たちに送り出された3人の青年たちが体験した地獄は並じゃなかった。捕虜となって拷問され、遊び半分で危険きわまりない「ロシアンルーレット」を試される。こんな残酷体験が忘れられる訳がない。彼らは帰国後も狂気を引きずる。“神聖な鹿”とロシアンルーレットのコントラストも度外れていた。
第二次大戦も戦争は地獄だったに違いないが、絶対的な“悪の権化”ナチス・ドイツに対して“アメリカの正義”は自信に満ちていた。ノルマンディー上陸作戦を描いた『史上最大の作戦』(62年)の連合軍の進軍、その足取りは確かで頼もしかった。ベトナム戦争でさえ、アメリカのヒーロー代表、ジョン・ウェインは「君たちを救いに来た」と子どもたちの前で誇らしげに語ったものだ(『グリーンベレー』68年)。強い理想の兵士にはトラウマなどあり得なかった。だが、ベトナム戦争では米国内でも反戦運動が盛り上がり、正義の国も迷いを見せる。スピルバーグもトム・クルーズ主演『7月4日に生まれて』(89年)では、味方を撃ってしまった兵士が、帰国後もトラウマに悩まされる苦渋に満ちあふれた。
かつて西部劇や戦争映画で勇ましく敵と戦ったヒーロー、クリントは数多くの名作を生み出したが傑作『グラン・トリノ』(08年)で自ら総括したように、感性を研ぎ澄まして「悟り」の境地に達したのだろう。クリントは「戦争が人間に与えるダメージ、家族全体に与えるプレッシャーも描かれる。彼らが払う犠牲を再認識することが大切だ。戦闘上の功績と個人的な側面がどう交わるかを描いている」と珍しく解説してみせる。
“正義のヒーローの実像”という、アメリカ映画がかつて描かなかった主人公には確かな存在感があった。
(安永 五郎)
公式サイト⇒ www.americansniper.jp
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