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『味園ユニバース』

 
       

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作品データ
制作年・国 2014年 日本
上映時間 1時間43分
監督 監督:山下敦弘  脚本:菅野友恵
出演 渋谷すばる/二階堂ふみ/鈴木紗理奈/赤犬
公開日、上映劇場 2015年 2月14日(土)TOHOシネマズ 六本木ヒルズ 他 全国ロードショー

 

~過去を忘れた“ポチ男”の一発逆転歌~

 

時代や世相に合わせて、だろう、最近映画の主役は“正社員”は少なく、安倍政権でも問題になっている「非正規労働者」が多い。もともと、映画はハミ出し人間がヒーローとして“庶民の夢”を一身に背負う。一時期人気を集めた“任侠映画”などが好例だ。が、新作『味園ユニバース』の主人公はどうか。渋谷すばる演じるポチ男”は、最近よく見る「どうしようもない男」。周りから「くず」と呼ばれ、親類からは「死んで」とまで言われる、ここまで情けない男が主役って、今の時代、こんな奴しかおらんのか?
 

misono-3.jpg刑務所を出たばかりの青年(渋谷)が何者かに拉致され、ぼこぼこにされる。命は取りとめた青年は大阪ミナミで開かれていたライブにふらふらと現れ、いきなりマイクを奪うと♪あの頃は~と和田アキ子の名曲「古い日記」を歌い始める。その圧倒的なボーカルは観客をシンとさせ、バンド「赤犬」のマネージャー、カスミ(二階堂ふみ)の心もとらえるが、歌い終えるやバタリと意識を失う。くず男の並はずれた声…度肝抜く鮮やかな導入部だ。ただのくず男やない!。


misono-2.jpg友人の医師マキコ(鈴木紗理奈)によると「記憶喪失」らしい。警察でも分からず、捨てておけなくなったカスミは認知症のオジイと暮らす自宅兼スタジオに住まわせる。何も言わないから名前は“ポチ男”。折りから「赤犬」のボーカルが交通事故で重傷を負ったため、意を決したカスミはメンバーの前で「歌え、ポチ男」と命令する…。


覚えているのは歌だけ。名前はおろか、過去をすべて失ったポチ男は、カスミのきっついゲキと、克明な“ポチ男日記”で少しずつ記憶を取り戻していく。カスミもまた、父親を交通事故で亡くして以来、心を閉ざしてきたが、無口ながら心優しいポチ男に心をほぐしていく…。


全編大阪ロケの映像が心地いい。愛知県出身ながら大阪芸大出の山下監督には第二の故郷。「歌」と「大阪」が監督の中で“化学反応”を起こし「山下ワールド」がまた深化した。訳ありでも「音楽さえ鳴ってたらオッケー」の解放感、至福感だ。思えば『リンダリンダリンダ』(05年)もそうだった。


misono-550-2.jpg大阪の“ディープサウス”は阪本順治監督三部作『どついたるねん』『王手』『ビリケン』のおかげで新世界が有名だが、なんの「ナンバ」だって負けてない。とりわけ千日前「味園ユニバース」は豪華キャバレーとして人気を誇った高度成長期の名残。数年前にキャバレーが終了した後は貸しホールとして再開。ライブなどで人気スペースになった。通称“裏ナンバ”の2階には40軒以上の店が並び「新宿ゴールデン街」の向こうを張るサブカルチャー発信地というから頼もしい。かつて映画、演劇の興行街として隆盛を誇ったナンバは消えてしまったが、どっこい、猥雑さあふれるナンバは健在だった。


味園の営業再開第一弾が「赤犬」のワンマンライブ。現実と映画が重なり、劇中に登場する「マンティコア」も劇中のまま、赤犬ベース担当リュウ氏が経営のバーという。物語と現実の垣根は無い。


“大阪の映画”は戦前の溝口健二『浪華悲歌』(36年)、戦後のオダサク原作『夫婦善哉』(55年)など名作は数多いが、最も強烈だったのはリドリー・スコット監督『ブラック・レイン』(89年)だ。霧に煙ってネオンが幻想的だった心斎橋や道頓堀、無機質な梅田地下街(駐車場)で凶悪松田優作に追い詰められるアンディ・ガルシア…リドリーの大阪は『ブレード・ランナー』を思わせる妖しげな未来都市だった。


『味園』の大阪にはこんな奇抜さはなく、普通に暮らしてきた人間(ポチ男)が“記憶喪失”になって「見る映像」。10年大阪を離れていた山下監督の現在の視点に違いない。


misono-5.jpgポチ男は赤犬のボーカルとして、バンドに溶け込みはじめるが、茂雄という名前を知り、働いていた場所や実家を訪ねて、記憶を取り戻していく。メンバーが待ち望んでいたライブ当日、すべてを思いだした“ポチ男”は、あろうことか、自分を拉致したボスの前で「仕事をくれ」と頼む…。  関ジャニ∞のメインボーカル、渋谷すばるの素の魅力全開だ。迫力満点のボーカル、ぶっきらぼうでいて優しい青年、くずたちはまた別の人生を生きている、と思わせる一作。出演作がすべて好調の二階堂ふみと、渋谷の取り合わせもまた、ある種の化学反応を起こして見せた。


記憶を取り戻したポチ男が“元の道”に戻ろうとした時、カスミが取った過激極まりない手段は「これしかない」くず男専用の解決法だろう。ライブ映画としてきちんとクライマックスを盛り上げつつ、くず男の再生を歌い上げる、それは“裏ナンバ”に似つかわしい物語ではないか。

 (安永 五郎)

公式サイト⇒ http://misono.gaga.ne.jp

(C)2015『味園ユニバース』製作委員会

 

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