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『KANO〜1931 海の向こうの甲子園〜』

 
       

kano-550.jpgKANO〜1931 海の向こうの甲子園〜

       
作品データ
原題 KANO
制作年・国 2014年 台湾
上映時間 3時間05分
監督 マー・ジーシアン(馬志翔 Umin Boya)
出演 永瀬正敏、坂井真紀、ツァオ・ヨウニン、大沢たかお、伊川東吾、チャン・ホンイ、ツォン・ヤンチェン、シエ・チュンシェン、シエ・ジュンジエ
公開日、上映劇場 2015年1月24日(土)~梅田ブルク7、TOHOシネマズなんば、T・ジョイ京都、OSシネマズミント神戸 ほか全国ロードショー

 

~台湾から全国制覇へ、野望に燃えた球児たち~

 

こんな痛快な出来事が戦前にあったことは、高校野球を見始めたころから知っていた。野球担当記者時代にも聞いた。だが、台湾映画『KANO』を見て、改めて奇跡的な快挙だったと痛感した。日本統治下の台湾で戦前(昭和6年)、甲子園の全国大会に出場することがどれほど困難なことか、ましてや強豪ぞろいの甲子園で誰も予想しなかった決勝にまで進出、敗れはしたが準優勝を果たした嘉義農林高校(嘉農)の名は歴史に残る。例えれば“サムライ・ジャパン”がWBCで世界一になったほどの出来事だろうか。

kano-4.jpgバットやグローブも満足にないチームに、日本から鬼コーチと評判の近藤兵太郎(永瀬正敏)がやって来る。彼は愛媛の名門・松山商業を全国出場に導いた男だったが、同校とのいきさつから嘉農野球部の監督就任を要請される。いわば“都落ち”の仕事に就任を渋っていた近藤だったが、荒れたグラウンド、緩い練習風景を見て、要請を受ける決意をする。鬼コーチを動かしたのが何だったのか?これが野球人の性(さが)か。目の前で練習を見たら、黙ってられん…と。

近藤は部員たちにいきなり「甲子園を目指す」と強烈なカツを入れ、その日から「甲子園、甲子園」と声に出しながらランニングさせる。島の人々も呆れ、失笑するしかない大言壮語。甲子園など夢にも考えたことがない部員たちには意味不明のかけ声だったに違いない。

kano-5.jpg日本各地から予選を勝ち抜いた学校だけが出られる甲子園は大変な栄誉。プロ野球がない時代、野球選手が目指す頂点でもあった。台湾からの甲子園出場は全島で1校だけ。当時は、日本人だけによる台北商業が圧倒的な強さを誇り、島南の無名の農業高校という“ど田舎チーム”には無縁なはずだった。

が、近藤コーチは不可能を可能にした。彼もスパルタ式特訓でカツを入れたのはちびっこ野球映画『がんばれベアーズ』や米大リーグ映画『メジャーリーグ』など多くの野球映画と同じ。違うのは、初日の開口一番から「甲子園」を意識させる洗脳作戦が無垢な球児たちに効いたことだろうか。

万年Bクラスにあえいでいた阪神タイガースの監督に就任した星野仙一監督がキャンプ初日に「今年は優勝を目指す」とゲキを飛ばして驚かせ、その年は4位に終わったが翌2003年、18年ぶりに優勝に導いた“実例”を思い出した。

kano-2.jpgもうひとつ、嘉農には台北商業にも日本のチームにもない“強さの秘密”もあった。足が速く、馬力があって頑丈な台湾・原住民(高砂族)、打撃力に秀でた漢人に器用で守備力が優れた日本人が近藤監督のもとに一致団結。絶妙のミックスブレンドによる結束力で台湾大会で勝ち進み、下馬評を覆してしまう。甲子園ては「弱すぎて相手にならないのでは」と心配されたがミックスブレンドの強さはホンモノだった。

あの時代から約半世紀経った80年代、2人の台湾出身選手が日本のプロ野球界を賑わしていた。西武ライオンズの郭泰源投手(85~97年)と中日ドラゴンズの郭源治投手(81~96年)。漢人の泰源は切れ味抜群の速球で“オリエント・エクスプレス”と呼ばれ、原住民(アミ族)の源治は馬力が売り物、とくっきり別れた。特性の違いは変わらなかったのだ。

嘉農のエース呉明捷は台湾人で4番も打つ中心選手。甲子園で“麒麟子”と名付けられた彼の存在が大きかった。“好投手あるところに優勝あり”と言われる通り、彼の存在が躍進の原動力だろう。エースのプライドが決勝の対中京商業戦の無念につながることになるのだが。

加えて、時の勢いも見逃せない。甲子園には独特の“魔力”があり、時に無名の高校が勢いに乗って次々に強豪を連破して話題を独占し「○○旋風」を起こすことも知られる。70年以上前の嘉農も、様々な要因が合わさって起こした奇跡だったに違いない。

この映画の製作を務め、脚本も書いたウェイ・ダーションは『海角七号/君想う、国境の南』(08年)で大ヒットを飛ばし、一昨年のアジアン映画祭では野心作『セデック・バレ』で評判を取った。『KANO』は彼が長年温めていた企画で『セデック~』に出ていたマー・ジーシアン監督がメガホンを取った。

 『セデック・バレ』は、日本軍の圧政に抗して台湾原住民が反乱を起こした霧社事件の映画化。原住民が命をかけて日本軍に刃向かい、刀で首を切り落とす場面などショッキングな描写が話題を呼んだ。中国本土と違い、親日的と思われていた台湾でもこんな事件があり、こうして映画化されたことに“台湾の本音”を見た思いがしたものだ。

kano-3.jpg『KANO』は野球に青春をぶつけた高校生の青春ドラマだ。だが、台湾人が結束して(日本人もいたが)日本に一矢を報いる、という点では『セデック・バレ』に通じる民族の意地と誇りををを感じさせもする。1936年(昭11)、中国本土では満州事変が勃発し、泥沼の日中戦争へとなだれ込むきっかけになった年、選手たちには無関係だっただろうが、甲子園での嘉農の躍進の陰には、民族の魂といったものまで感じさせる。

出演メンバーたちは本気で野球の練習に励んだそうで、何事も全力でプレーする場面が爽やかさを醸成していた。 

(安永 五郎)


*2014年、大阪で行われた第9回アジアン映画祭の初日3月7日に梅田ブルク7でオープニング作品として上映され、マー・ジーシアン監督はじめコーチ役の永瀬正敏、その妻役の坂井真紀や選手役の俳優たちが舞台あいさつを行い、満員の観客を沸かせた。最終日に発表された各賞では「観客賞」を受賞した。

公式サイト⇒  http://kano1931.com/
(C)果子電影

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