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『オオカミは嘘をつく』

 
       

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作品データ
原題 Big Bad Wolves 
制作年・国 2013年 イスラエル 
上映時間 1時間50分
監督 監督・脚本:アハロン・ケシャレス、ナヴォット・パプシャド
出演 リオール・アシュケナズィ、ツァヒ・グラッド、ロテム・ケイナン、ドヴ・グリックマン
公開日、上映劇場 2014年11月22日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル梅田、11月29日(土)~シネ・リーブル神戸 他全国順次ロードショー

 

~“アラブ人地区”を覆う底なしの闇~

 

真相解明への執念か単なる報復か、暴力にも多少の理由はある。だが、それが正義かどうかは誰にも分からない…イスラエル映画『オオカミは嘘をつく』は昨今の暴力映画に鋭く疑問符を突きつける。このジャンルの第一人者、クエンティン・タランティーノ監督が絶賛して話題になった映画に複雑な示唆を見た。さすがタラちゃん、やる!

ookami-550.jpg日常的に暴力が横行している地域には、その土壌があるだろう。国際情勢の“火薬庫”イスラエル映画の暴力描写は半端じゃなかった。映画人も軍隊生活や軍人としての作業が身に付いているのか、リンチシーンは“鳥肌もの”だ。真犯人と目される中学教師の口を割るべく被害者の父親が過酷な拷問を加える。それを横で見ていた祖父はさらりと「火攻めは試したか」とほのめかす。さりげない物言いの凄み。息子は早速バーナーを取り出して胸を黒焦げにしていく。凄惨なシーンに祖父は「いい匂い」といい、父親は「バーベキューみたいだ」…。親子がこれまで、どのようなことをしてきたかをうかがわせる。これがイスラエルの“普通”なのか。

長く続いたアパルトヘイトから脱却したはずの南ア映画『ケープタウン』(フランスと合作)は、リアルな暴力描写に慄然とした。これも南アの風土を感じさせた。『オオカミは~』はそれ以上にオソロしい“狂気の地下室”が米ハリウッドのホラー映画を凌駕した。

ookami-4.jpg森の中でかくれんぼをしていた3人の子供のうち、一人の少女がタンスの中に入るが、再び出て来ることなく、首なし死体で発見される。最重要容疑者は、中学で宗教学を教える教師ドロール(ロテム・ケイナン)。容疑を認めないことに業を煮やした刑事ミッキ(リオール・アシュケナズィ)は男を連れ出し、暴力で自白を強要するが、その模様が動画サイトに流れたことから捜査をはずされ、交通課に飛ばされる。

 “ドロールが犯人”と確信するミッキは釈放された男をつけ回す。そのミッキを、被害者の父親ギディ(ツァヒ・グラッド)が追う。警察署長から情報入手した父親は、ミッキがドロールを捕らえると、二人一緒に森の奥の一軒家に連れていく…。

ookami-3.jpgそこはギディが「大声を出しても外には届かない」ことを確認して準備した秘密の“拷問室”、刑事以上にキレまくるギディは手の指を折り、足の爪をはがし、そしてついにバーナーで胸を焼く。人格などとっくにぶっ壊れてしまったオヤジに、ミッキでさえ「やりすぎだ」と止める。止まらないギディがイスラエルという国の象徴か。ラスト「この国はクソだった」というセリフにも修復不能の絶望が読み取れる。

果てしのない暴力の連鎖には肌が粟立つばかり。ドロールを犯人とする決め手はない。つまり、真犯人かどうかは分からないまま。にもかかわらず、こんなにもエゲツない“決め付け”など許されない、なのに止むことのない残虐な仕打ちは一体…?。

ookami-5.jpgイスラエルは戦後、長く辛酸をなめてきたユダヤ人が熱い思いで建国した。苦難の歴史は主に映画やテレビで見てきたが、遠く離れた不勉強な日本人に何かを言う資格などない。実際、映画でもパレスチナ問題に触れることはない。被疑者がアラブ人だったら「もの凄いことになる」かもしれないが、映画では数回、セリフで「アラブ人が多く住む危険な場所」と説明される程度。実際にはアラブ人は馬に乗って2度画面を通り過ぎるだけで本筋に影響はない。

先ごろ、イスラエル人が誘拐、殺害されたことに端を発し、イスラエル軍とアラブ過激派ハマスの間で激しい戦闘が行われて多数の死者を出し、底なしの憎悪を世界に知らせたが、直接触れないことが映画人の知恵か。だが、映画のテーマは“思い込みによる憎悪”に違いなかった。

ところが、映画は一筋縄ではいかない。ミッキ刑事宅では娘が行方不明になり、事態はどこへいくのか、見る者を迷路に引きずり込む。そして、どんでん返しとも言うべきラストカットの衝撃…。タランティーノ監督の絶賛も最後にあったに違いない。

南ア映画『ケープタウン』も『オオカミは~』も少女の失踪事件が発端で、きな臭い事件を暗示して始まり、地域に巣食う深い闇が広がっていく。先に神戸長田区で起こった6歳少女失踪事件が無残な結末を迎え、埼玉県入間市では「誰でもよかった」という犯人に女子大生が殺される事件もあった。安全神話に包まれていた日本だって「大差ない」事態になったのではないか。他人事じゃ済まされない。

(安永 五郎)

公式サイト⇒ http://bigbadwolves.jp/

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