原題 | La jalousie |
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制作年・国 | 2013 年 フランス |
上映時間 | 1時間17分 |
監督 | フィリップ・ガレル |
出演 | ルイ・ガレル、アナ・ムグラリス、レベッカ・コンヴェナン、オルガ・ミシュタン、エステル・ガレル、ロベール・バジル、ジャン・ポミエ |
公開日、上映劇場 | 2014年9月27日(土)~シアター・イメージフォーラム(東京)、10月25日(土)~第七藝術劇場、京都シネマ、11月上旬から神戸アートビレッジセンター |
~愛、そして嫉妬という感情をめぐる物語~
人は、人を愛した瞬間から“ジェラシー”という感情と無縁ではいられない。幼い娘でさえ、父の新しい恋人にやきもちをやく。寒い冬、バス停で、父のジャンパーをはおらせてもらい、大きな腕に抱かれた娘は、父の愛に安心し満足しきっているようにも見える。自分が一番愛する人には、同じように、自分が最愛の人でありたいと願わずにいられないのが人間の正直な感情というものだろう。
フランスのヌーヴェルヴァーグ次世代の旗手として活躍してきた映画作家フィリップ・ガレル監督の最新作。ガレルの父モーリス・ガレルの30歳頃の物語で、監督自身の個人的な記憶を出発点にしている。
ひとりの女性が静かに涙を流すバストショットで映画は始まる。愛する男性が目前から去ってゆく辛さに耐える顔であることが、続くシーンですぐわかる。冒頭のこのシーンが、映画の最後のシーンと呼応しているところがすばらしい。相手が去っていってもなお、「まだ愛しているんだ」というルイの言葉が心をとらえる。愛という感情も、嫉妬と同じく、自分の都合よく簡単に消せるものではない。愛、そして嫉妬という感情に揺さぶられる男と女たちの姿を淡々と描く。
舞台俳優のルイはクロチルドとの間に幼い娘シャーロットがいたが、別れて、同じ俳優のクローディアと小さな屋根裏部屋で同棲生活をしている。しかし、俳優生活に行き詰まったクローディアは貧乏な生活に耐えられなくなり、友人の事務所で働くことを決める。恋人が離れていくのに苛立つルイ。別れが決定的になった時、ルイはある行動に出る…。
本作は、場所や話し相手などほとんど説明がない上、一つひとつのシーンが短く切り詰められ、大胆につなげられていくので、難解な印象を持たれがちだ。でも、ルイとクローディアとの仲睦まじくみえるシーンのすぐ後に、ルイの不機嫌な顔のアップが続いたり、物事は唐突に起こり、突然終わっていくように見えて、その兆しは確かに画面にとらえられている。映像を丁寧に観れば観るほど、監督が忍び込ませた思いに気付き、おもしろくなる。ドラマチックな会話が交わされる時、劇的な表情をしているはずの当の人物は背中越しでとらえられたり、会話が終わった直後にアップでその表情が映されたりと、キャメラの動きにも注目してほしい。
印象的なシーンをひとつ紹介したい。映画の前半、クローディアが稽古場のロビーらしきところでルイを待っている。芝居の稽古を終えたルイが役者仲間の青年と一緒に来て、クローディアの前に座る。ルイがリュシーという女優と名コンビだという青年の言葉に敏感に反応するクローディア。リュシーへのほめ言葉に躍起になる男たちを前に、クローディアの胸中は穏やかではない。続いて、3人が建物から笑いながら出てくる場面に明るく楽しげな音楽が入るから、観客はつい忘れてしまいそうになるが、クローディアの心にジェラシーが芽生えた大事なシーンだ。その後、いきなり蔦の繁った壁の前で二人がキスするシーンへと続く。その場所は、二人が歩きながら、ここが初めてキスした場所だねとささやいたところにも見える。監督の「シーンとシーンとのあいだに何らかの余白が残されていなくてはいけない」という言葉が感慨深く思い出される。
男と女の間に、愛は生まれては消えていく。娘のシャーロットは、ルイと母のクロチルドとルイの恋人のクローディアとの間をさまよう。結局、ルイにとって、シャーロットへの愛が、決して消えることのない心の支えとなったのだろうか。登場人物の置かれたシチュエーションを想像し、味わいながら観てほしい。
(伊藤 久美子)
公式サイト:http://www.jalousie2014.com/
©2013 Guy Ferrandis/SBS Productions