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『ジャージー・ボーイズ』

 
       

JB-550.jpg『ジャージー・ボーイズ』

       
作品データ
原題 JERSEY BOYS 
制作年・国 2014年 アメリカ 
上映時間 2時間14分
監督 クリント・イーストウッド
出演 ジョン・ロイド・ヤング、エリック・バーゲン、マイケル・ロメンダ、ビンセント・ピアッツァ、クリストファー・ウォーケン
公開日、上映劇場 2014年9月27日(土)~大阪ステーションシティシネマ、ほか全国ロードショー

 

★ラジオから聴こえる曲が“世界”だった頃


①「悲しき雨音」  (カスケイズ)
②「シェリー」  (フォー・シーズンズ)
③「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」  (リトル・ペギー・マーチ)
④「ロコモーション」  (リトル・エヴァ)
⑤「ポケット・トランジスタ」  (アルマ・コーガン)


   オールディーズ(アメリカン・ポップス)が流れると、曲が流行っていた頃の空気までが蘇る。団塊世代には単なるヒット曲以上の“時のメロディー”にして“時の香り”、大事な時事問題でもあった。上記は自選5曲。選曲で年齢までが分かる。  「ゴロゴロッ」と雷の音から雨音へと続くイントロが斬新で♪ピラペラ、ピラペラ~と雨の音を歌った「悲しき雨音」は、ラジオ関西の洋楽番組「電話リクエスト」で雨の日は必ず1曲目にかかった。
 

JB-3.jpg  伸びやかな張りのあるボーカルで聴かせたリトル・ペギー・マーチ、性別不明だったリトル・エヴァ、そして聴いたことのないファルセットのコーラスで魅了したザ・フォー・シーズンズ「シェリー」…。  フォー・シーズンズはこのヒットで、アメリカン・ポップスの代名詞になり、後にブロードウェイ・ミュージカル化され、今度は映画になった。伝説のグループを映画化したのは誰か、と思ったら、あのクリント・イーストウッドだった。さすが…。

  2005年の初演から大ヒット・ロングラン中のブロードウェイ・ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』待望の映画化。クリントは期待が大きいことは承知の上で引き受けた。その時点ではまだ舞台を見ていなかったそうだが、立て続けに舞台を見て「曲をちょっと聴けば、フォー・シーズンズと分かる。毎日、撮影してるとそのたびに新しい“お気に入り”ができる」とまで惚れ込んだ。  グレアム・キング・プロデューサーは「クリントが音楽、特にジャズの愛好家と知っていた。フォー・シーズンズはジャズとビッグバンド時代に生まれている。彼の“操縦範囲”だ」。大事な“時代の空気”を知っているという判断は間違いなかった。
 

JB-2.jpg  イタリア移民が集まる貧しい街ニュージャージー、16歳の理髪店見習いフランキー・ヴァリ(ジョン・ロイド・ヤング)は人を魅了する天性の歌声で評判を集めていた。チンピラ仲間のトミー(ビンセント・ピアッツァ)とニック(マイケル・ロメンダ)はケチな泥棒で刑務所に出たり入ったり。そこへ、15歳の天才作曲家ボブ・ゴーディオ(エリック・バーゲン)が現れる。すでにヒット曲を出していたボブは、フランキーのファルセットボイスに強く惹かれ、4人は「ザ・フォー・シーズンズ」として活動を始める…。

  犯罪多発地域ニュージャージーで生まれ育った4人の若者に「街を出ていく方法は3つ。マフィアになるか軍隊に入るか」だが「それは命がなくなる」ことを意味する。残る道は自分たちの音楽だった。  1962年、アルバムに収録した「シェリー」が全米ナンバーワン・ヒットになり、一夜で世界は一変した。バックコーラスの仕事しかなかった彼らは、トップスターへの階段をかけ上り、夢に見た栄光をつかむ。だがそれは、様々な挫折と裏切り、やがてグループ崩壊に至る波乱の幕開けでもあった。

JB-4.jpg  バンドにつきもののトラブルに当然、彼らも見舞われる。地方公演に出づっぱりでフランキーは家族からから見離され、ニックは「いてもいなくてもいい」希薄な存在感に苦しむ。リーダーでマネジージャーも兼ねていたトミーは、ギャンブルにはまり、多額の借金を抱える。  バンドの窮状に乗り出してきたのがニュージャージー時代の知り合い、マフィアのボス、デカルロ(クリストファー・ウォーケン)。トミーの借金はフランキーが支払いを約束、デカルロも間に入って片付いたかに見えたが、メンバーに入ったひびは元に戻らなかった。
 


 

★アメリカン・ポップス“最後の栄光”


  「シェリー」がヒットした62年。10月には海の向こう、イギリスでビートルズがデビュー。瞬く間に世界を熱狂させ、64年にはアメリカ上陸、人気テレビ番組「エド・サリバンショー」出演を皮切りにアメリカを制覇した。全米ツアーは熱狂と興奮の渦に包まれた。“イングリッシュ・インベイジョン”の前にアメリカン・ポップスは終焉を迎えたのだった。

  “ビートルズ前”と“後”では洋楽がガラリと変わった、と肌で感じた。それまで、アメリカン・ポップスはノスタルジックな甘いメロディーと歌詞が主体で“シュガー・コーティング”されていたものだ。「毎晩、ヒットパレード聴くの~」(ポケット・トランジスタ)と歌われたように、少年少女が憧れ、大人を夢見る歌だった。  “ビートルズ後”はその甘さが消えた。アメリカはこの後、ベトナム戦争の泥沼にはまり込み、甘口のポップミュージックは無用、ラブソングでさえ“心の叫び”に変貌した。時代はビートルズを経て、ヒッピーが代表するフラワー・ムーブメントへとなだれ込んでいく。

  ビートルズが先陣を切った音楽の大変革時代、70年代に台頭した“ニューロック”勢は、時代と対峙する真剣な気迫に満ち、フラワー・ムーブメントは30万人もの大野外コンサート、もはや社会現象と言うべき『ウッドストック』に結実した。3日間の“祭典”の大ラス、ジミ・ヘンが全身をたたきつけたノイズまみれのアメリカ国歌~「紫の煙」はどうだ。

  ジョージ・ルーカス監督の出世作『アメリカン・グラフィティ』(73年)がオールディーズを象徴的に使って時代の移り変わりを活写している。田舎の地方都市で卒業を翌日に控えた男女高校生たちの一夜のスケッチ。彼ら(一人はハリソン・フォード)は公道で無謀な自動車レースに興じ、年齢をごまかして酒を買いにいく。ドライブインを舞台に、明日は東部の大学へと旅立つ若者たちの不安と憧れの表現。彼らは“夢の女性”を探し求めて街をさまよう…。

  “夢の女性”はいるのかいないのか、彼らが乗った飛行機から見えた“彼女”は実物だったのか…。全編、伝説のディスクジョッキー、ウルフマン・ジャックがかけるオールディーズの数々はこの時、確かに若者たちの夢と未来の象徴だった。  だが、ルーカスは甘くなかった。エンドロールで彼らのその後を字幕で伝える中には当然のように「ベトナム戦争に出征して死亡」と先行き暗い未来も暗示されていた。

  フォー・シーズンズ「シェリー」は“古き良きアメリカ”の最後の夢だっただろうか。ビートルズ旋風に対抗しえたのはフォー・シーズンズと西海岸のビーチボーイズだけだったという。  映画『ジャージー・ボーイズ』もまた、アメリカの“甘く懐かしい歌の時代“”への愛惜にあふれている。

  60年代、俳優クリントは連続テレビ西部劇「ローハイド」に若き二枚目として出演、売り出し中だった。映画に一瞬、「ローハイド」が登場し、クリントも若々しい表情を見せる。言わば“カメオ出演”。それは、クリント自身もまた“古き良き時代の空気”だったことを鮮やかに示す場面だった。

(安永 五郎)

 公式サイト⇒ www.Jerseyboys.jp

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