『イーダ』
原題 | IDA |
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制作年・国 | 2013年 ポーランド・デンマーク |
上映時間 | 1時間20分 |
監督 | 監督・脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ |
出演 | アガタ・クレシャ、アガタ・チュシェブホフスカ、ダヴィド・オグロドニク |
公開日、上映劇場 | 2014年8月9日(土)~テアトル梅田、 8月16日(土)〜京都シネマ、にて公開 |
受賞歴 | 第87回アカデミー賞 外国語映画賞 受賞!! |
~自分の出自を知り人生を歩き始める少女の軌跡を、光と影の際立つ映像美で描く~
ひとりの少女の成長譚である。説明を排し、会話を最小限に抑え、白黒の陰影の際立つ美しい構図の画面で淡々と描くことで、それぞれの登場人物が心に抱えている痛みや悲しみ、毅然とした決意が、観る者の心にどこまでも深く突き刺さってくる。
舞台は1962年のポーランド。アンナは、修道院に預けられて育った戦争孤児。修道女になるための誓願式を前に、唯一の親類の叔母がいると知らされ会いに行く。叔母のヴァンダは、アンナがユダヤ人で、名前はイーダだと教え、二人は、アンナの両親が戦時中に住んでいた家を訪ねに行く。イーダがヴァンダとともに、両親の死の真相を探っていく旅の中で、ドイツ占領下のポーランドで、ポーランド人によるユダヤ人虐殺があったという、戦争中の暗い記憶があぶり出される…。
戦後スターリン時代に、ポーランド人を裁くユダヤ系の検察官として裁判に関わり怖れられたヴァンダは、スターリンの死去とともに押し寄せる自由化の波の中で、自分の存在意義を見失い、アルコールに溺れ、自堕落な生活を送っている。自暴自棄のように見えて、煙草を吸いながら遠くを見つめる眼差しの中に、どこまでも深い孤独と闇を感じさせる。いつも大音量でクラシックを聴いているのも、静寂に耐えられないかのようだ。ヴァンダもまた、ユダヤ人の命を奪ったポーランド人と同じく、歴史の流れに翻弄され、自分を見失ったともいえ、ヴァンダが抱えていた混迷と罪悪感、大切な者を守りきれなかった無力感が心に迫る。
イーダを演じるアガタ・クレシャのあどけない美しさに魅了される。信仰の世界しか知らなかった18歳の少女が、ヴァンダやサクソフォーン奏者の青年と出会い、世俗の女性としての人生の魅力も垣間見ながら、様々な体験を経て、最後は自分で自分の人生を選択する。その内的成長が、凛とした表情からうかがえ、すばらしい。『イーダ』というタイトルが最後に画面に挿入されることから、イーダが自分の人生をつかんだことの象徴として、本当の名前を獲得したかのようにみえる。
イーダは、ヴァンダと対照的でありながらも、ヴァンダの生き様に触れることで、彼女が果たせなかった思いを受け継ぎ、これからの人生を、流されることなく、自分の意思と力で強く生き抜いていくにちがいない。ラストで流れるバッハの《われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ》(BWV639)の美しく切ないメロディは、生きることの哀しみや希望、他者への慈しみ、歴史の重みといった、映画の中で描かれてきた様々な思いを一気に呼び起こし、イーダが決然と歩いてゆく姿に心打たれる。
一つひとつのシーンがすべて写真のように美しい構図で切り取られていく。修道院での修道女たちの姿をとらえた冒頭の数ショットを観ただけで、監督が卓越した映像作家であり、音に対しても抜群の感覚の持ち主だとわかる。登場人物を画面の下部にとらえた構図が印象的。淡々とした映像のリズム、抑制された感情描写の中で、劇中で生演奏されたり、レコードから奏でられるモダン・ジャズ、クラシック音楽、街や部屋の中で聞こえる小さな音たちが、登場人物の心の内を想像させ、深い余韻を残す。1時間20分に凝縮して語りきる技は見事。映画ファン垂涎の新作。
(伊藤 久美子)
公式サイト:http://mermaidfilms.co.jp/ida/
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