原題 | BAJARI |
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制作年・国 | 2012年 スペイン |
上映時間 | 1時間24分 |
監督 | エヴァ・ヴィラ |
出演 | カリメ・アマジャ、メルセデス・アマジャ・ラ・ウィニー、ファニート・マンサーノ、リサルド・マンサーノ、フスト・フェルナンデス他 |
公開日、上映劇場 | 2014年8月9日(土)~渋谷ユーロスペース、テアトル梅田、8月16日(土)~名演小劇場、京都シネマ、9月20日(土)~元町映画館 |
~魂の踊りフラメンコ、
その源泉と未来に触れるドキュメンタリー~
冒頭、街の上映会で大きな瞳を輝かせながら、食い入るようにダンサーの踊りを見つめ、超絶の足さばきぶりに「マシンガンみたい!」と興奮する男の子がいる。まだ5歳のファニートを釘付けにしたのは、『バルセロナ物語』(63)で机を激しく叩き、圧倒的なパフォーマンスを披露する伝説のフラメンコダンサー、カルメン・アマジャだ。スペインの海辺町ソモロストロ出身のジプシー、カルメンの魂は、その血を受け継ぐフラメンコダンサー、メルセデス・アマジャ・ラ・ウィニー、そしてその娘カリメ・アマジャの中に息づいている。ジプシー・コミュニティーで生きる幼きファニートや、生誕100年を迎えるカルメン・アマジャへオマージュを捧げる舞台に挑むカリメを通して、ジプシーたちが守り、時代を超えて継承してきたフラメンコの真髄に迫る。非常に興味深いドキュメンタリーだ。
『バルセロナ物語』の1シーンを観ただけで、フラメンコをかじったことのある私もファニート同様鳥肌が立ったが、タイトルバックが流れる直前の数分間に渡り細かく刻み続けるサパテアート(足さばき)の素晴らしさは、カルメンの再来かと思うぐらい感動した。このサパテアートを披露した若きカリメは今スペインで注目を浴びているフラメンコダンサーだ。カンテ(歌)やギターのメンバーたちとのセッションでは、練習にもかかわらず、彼らを魅了し、「彼女の踊りとグルーヴさせよう」とコンサートに向け細かい歌のニュアンスにまでこだわった調整が続けられる。特に彼らがこだわったのは、カルメンが踊っていた頃のフラメンコの再現だ。カルメンのように強いフラメンコを踊れるダンサーとして指名されたカリメは、メキシコにいる母メルセデス(来日公演も行っている)を呼び、母娘でカルメンが芸術の域まで高めたジプシーの踊り、フラメンコとその魂を次世代に繋いでいく。
一方、フラメンコが好きでたまらないファニートの日常から、ジプシー・コミュニティーでいかにフラメンコが生きることと同じぐらい大切でそばにあるものかを痛感する。大人たちが集まる街のカフェの店頭で、カンテに合わせて大人顔負けの堂々としたフラメンコを披露するファニート。周りは手を叩きながらファニートを盛り上げる。日々耳にし、踊り、身体に染みついたリズムから生まれる踊りは本物だ。おもちゃやゲームが欲しい盛りの年頃なのに、ファニートが欲しいのはフラメンコシューズ。オーダーメイドの靴屋で皮の色選びをするときも一切妥協しない。戦前戦後の日本の庶民がそうであったように、大人たちが変に子ども扱いすることなく、コミュニティーで子どもを育てる様子が微笑ましい。
「ジプシーとして生まれただけで、悪い人間と決めつけないでくれ」。フラメンコの歌は愛や人生の哀しみを表現するものが多いが、改めて歌詞を知ると歌の重みや、深みを感じずにはいられない。初めて男装スタイルで踊ったカルメンにオマージュを捧げ、パンツスタイルで本番に臨むカリメ。念願の赤いフラメンコシューズを履き、弟分の男の子に踊りの指導をする幼いファニート。こうしてジプシーたちの魂を表現するフラメンコは受け継がれていくのだ。踊り手としてはまだまだの私だが、本作を観てフラメンコの根底に流れる精神をほんの少しでも共有できた気がしている。
(江口由美)