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『ダブリンの時計職人』

 
       

dublin-550.jpg『ダブリンの時計職人』

       
作品データ
原題 Parked
制作年・国 2010 年 アイルランド、フィンランド 
上映時間 1時間30分
監督 監督:ダラ・バーン/プロデューサー:ドミニク・ライト、ジャクリーン・ケリン/脚本:キーラン・クレイ/撮影:ジョン・コンロイ
出演 コルム・ミーニイ、コリン・モーガン、ミルカ・アフロス
公開日、上映劇場 2014年4月26日(土)~シネ・リーブル梅田、5月3日(土)~京都シネマ、5月24日(土)~元町映画館 ほか全国順次公開

 

~止まった時計を動かすチカラとは?~

 

 アイルランドと聞いて何を連想するだろう。アイリッシュバーとIRA(アイルランド共和主義軍)という人は案外多いのではないだろうか。首都ダブリンが舞台の本作はドキュメンタリー作品を多く手掛けてきたダラ・バーンがこれまで丹念に重ねてきた取材を下敷きにしている。失業、貧困、ドラッグ、ここにはアイルランドの今(現代)が詰まっている。

dublin-2.jpg ダブリン海岸駐車場マツダ626、これがフランク(コルム・ミーニイ)の住所だ。長くイギリスで暮らすうち家族はすでになく、生家は人手に渡ってしまっていた。定住先のない者は失業手当も受給できず、この暮らしから抜け出すことができない。暗く垂れ込めた雲がフランクの心模様を映し出すかのようだ。しかし、そんなさえない毎日のなかで、カハル(コリン・モーガン)という青年と知り合う。いつしか二人の間には不思議な友情が芽生える。そんななか、フランクにもう一つの出会いが訪れる。ピアノ教師のジュールス(ミルカ・アフロス)だ。彼女が奏でるピアノの音色はフランクの心をすくい上げ、明るいほうへと導いてくれるかのようだった。人は寂しいからこそ優しくなれるのかもしれない。二人の孤独が響き合い気持ちがふれあうが、フランクはなかなか自分の素性を打ち明けることができない。

dublin-4.jpg 季節外れの海岸駐車場にはフランクとカハルの車、2台が適度な距離を保ちとまっている。2列ある駐車スペースの別々の列に7,8台分空けてお互い背中を向け合う格好、これが定位置だ。フランクの車のタイヤはパンクしており、車でありながら移動できないことがフランクの今の状態を象徴しているが、それに抗うように車内は整備されている。一方、カハルの車の中はほとんど登場しないが、彼はもっぱらフランクを駐車場の外へ誘い出しフランクが遠い昔に置いてきてしまったものを思い出させてくれた。刹那的でも文句なしに楽しいこと、それはまるで止まっていた時計が再び動き出すかのようだった。

dublin-3.jpg 若かりし頃、男女問わず意気投合する相手と知り合うことこそが出会いだと思っていた。それ以外はただすれ違うだけの相手とでも思っていたのかもしれない。なんとも視野が狭かった。また、出会ったとしたら失恋以外で別れることもないと単純に信じていた。しかし年を経て、人の数だけ出会いと別れがあると知った。フレッドとカハルとジュールスの出会いは衛星の軌道が、それこそ一瞬すれ違った程度のものだったかもしれない。そして、衛星自体、生まれては消滅を繰り返す。しかし、残した軌跡は遠く何万光年の距離を経てなお私たちの肉眼に届く。それは確かな存在の証明だ。そのことに想いを寄せれば、人と人との出会いもやはり奇跡と呼べるはずだ。それがたとえ過去のものになったとしても、心に灯った火は消えることなく、残りの人生を照らしてくれると、今なら信じられる。そして、一歩一歩前にすすんでゆく勇気を振り絞るには、案外童心に帰ることかもしれない。子どものころ、難なくできたことがいつの間にかできなくなっている。プールの飛び込み台で足がすくむフランクの姿はけっして特別なものではないのだ。

(山口 順子)

公式サイト⇒ http://uplink.co.jp/dublin/ 

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