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『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』

 
       

insaide-LD-550.jpg『インサイド・ルーウィン・デイヴィス  名もなき男の歌』

       
作品データ
原題 Inside Llewyn Davis 
制作年・国 2013年 アメリカ 
上映時間 1時間44分
監督 ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
出演 オスカー・アイザック、キャリー・マリガン、ジョン・グッドマン、ギャレット・ヘドランド、F・マーレイ・エイブラハム、ジャスティン・ティンバーレイク、スターク・サンズ、アダム・ドライバー
公開日、上映劇場 2014年5月30日(金)~TOHOシネマズ シャンテ、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ(なんば、二条、西宮OS)他にて全国ロードショー
受賞歴 2013年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞、本年度全米映画批評家協会賞 4部門受賞<作品><監督><主演男優><撮影>

 

~風に吹かれて…体感、ディランの世界~

 

 売れないフォーク歌手、ルーウィン・デイヴィス(オスカー・アイザック)が知人に頼み込んで得た仕事、ライブハウス(カフェ)で歌い終えた後、次の歌手がマイクの前で歌い始める。映画のエンディングにさりげなく描かれた場面に“次の時代”の予感があった。名乗る訳ではない、クレジットも出ない。だが、この若者こそ音楽シーンを変えた男、ボブ・ディランにほかならなかった。

  ルーウィン・デイヴィス青年のいささかしみったれた日常生活を淡々と、ユーモラスを交えて綴る。泊めてもらった友人の大学教授の部屋を出る時、猫のユリシーズが一緒に逃げ出したのがケチのつきはじめ。何とか飼い主に返そうと悪戦苦闘する男の物語だ。

  文無しで住むところもない彼は、猫とともに音楽仲間ジム(ジャスティン・ティンバーレイク)のアパートに転がり込むが迷惑がられ、彼の恋人ジーン(キャリー・マリガン)はルーウィンの子を宿してカンカン。金を工面しようとレコード会社を訪ねるが、40㌦では焼け石に水。またもユリシーズに逃げられて途方に暮れてしまう…。

insaide-LD-2.jpg  最初にルーウィンが弾き語りで歌を聴かせる。俳優オスカー・アイザックがライヴシーンをすべて吹き替えなしでこなした歌は心に響く本物。だが、ルーウィンが実力を感じさせたとしても、広く大衆にアピールするのが難しいことは今も昔も変わらない。時は1961年、何をどうすれば“売れる”のか、誰も知らなかった。

  当時、アメリカ音楽界はロカビリーのエルヴィス・プレスリー旋風が吹き荒れ、映画でも「エルヴィスが軍隊に入った」と噂話に登場する。黒人音楽のモータウンもまだ先。フォーク人気は盛り上がりつつあったようだが、次の時代を作るのは誰か、アメリカだけじゃなく、世界中が待ち望んでいた…。

  翌1962年1月1日、遠く離れたイギリスで、4人の若者がデッカ・レコードのオーディションを受けた。少々不良っぽい様子の彼らは17曲を歌い、自信満々で引き揚げたが、結果は不合格だった。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソンにドラムスのピート・ベストの4人組。グループ名は「シルバー・ビートルズ」。1年後にロンドンから世界を席巻する「ビートルズ」の前名だった。

  この時の音源は「デッカ・テープス」というタイトルでレコード(海賊版)に残っているが、意気の良さは感じられるものの、粗削りな音からは後のオリジナリティあふれる彼ら(ドラムスはリンゴ・スターに変更)を想像するのは難しい。オーディション担当者は「ダイヤモンドを逃した」と罵られたものだが、音楽の激動期を前に、確かな売れ筋など誰にも分からなかった。

  音楽シーンは60年代に飛躍的な展開を見せたことはすでに語り尽くされている。その起爆剤になったのがイギリスのビートルズとアメリカのディラン。彼らが“歴史”に登場するシーンは激変を象徴する。ビートルズのデッカ・テープスとドイツ・ハンブルグでのライブ(盤)、ディランのニューヨーク・ライブハウス…。

  この映画に登場した時期、ディランは実際、ニューヨーク・グリニッジヴィレッジ近辺のライブハウスで素朴なプロテスト・ソングを軸に独特の世界を創り出しつつあった。1961年11月に録音したアルバム「ボブ・ディラン」は、絶妙なピッキングによるギターでトラディショナル・フォークを中心に13曲収録。翌年3月に発売され、記念すべきデビュー・アルバムになった。映画はまさしく“その瞬間”をとらえたのだった。  そのディランが最も憧れたのがデイヴ・ヴァン・ロンクという伝説のフォーク・シンガー。フォークの元祖とされるウディ・ガスリーは、映画にもなり(息子アーロ・ガスリーはウッドストックに出演)、ディランも傾倒したことは聞いていたが、ヴァン・ロンクは初耳。ディランはロンクにも憧れていたそうだ。カントリーやブルーグラスに根ざしたアメリカン・フォークの伝統も奥深く、幅広い。

  映画界のクセ者、コーエン兄弟が、ヴァン・ロンクの回想録からインスパイアされて一風変わったこの映画が出来上がった。猫とさまよい歩くだけの貧乏生活を送る若者、しかし、音楽に対しては頑として主張し、ひたむきに活動する…ロンク=ルーウィン・デイヴィスは当時、アメリカのサブカルチャーを代表する「若者像」だったに違いない。

  何をしてもうまくいかない…そんな閉塞感から飛び出したディラン、というのがコーエン兄弟の視点。兄弟一流のブラックな描写が時に底抜けに笑える。

  アレン・ギンズバーグら前衛詩人らとも交流した中で生み出された初期の名曲たち、「ライク・ア・ローリング・ストーン」「風に吹かれて」「時代は変る」「ミスター・タンブリン・マン」…ルーウィンのどこにも行けない、よるべない暮らしは、ディランたちそのままの生きざまのようにも見える。

(安永 五郎)

公式サイト⇒ http://insidellewyndavis.jp/

Photo by Alison Rosa ⓒ2012 Long Strange Trip LLC

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