『家族の灯り』
原題 | O Gebo e a Sombra |
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制作年・国 | 2012年 ポルトガル・フランス |
上映時間 | 1時間31分 |
原作 | ラウル・ブランダン戯曲「ジェボと影」 |
監督 | マノエル・ド・オリヴェイラ |
出演 | クラウディア・カルディナーレ、ジャンヌ・モロー、マイケル・ロンズデール、リカルド・トレパ、レオノール・シルベイラ、ルイス・ミゲル・シントラ |
公開日、上映劇場 | 2014年3月15日(土)~シネ・リーブル梅田、3月29日(土)~京都シネマ、順次~元町映画館 ほか全国順次公開 |
~旧世代の人間ゆえの誠実な責任感~
ある街で会計士として帳簿をつける仕事に余念のないジェボ(マイケル・ロンズデール)には、妻ドロテイア(クラウディア・カルディナーレ)にも息子の嫁ソフィア(レオノール・シルヴェイラ)にも隠している秘密があった。それは何年も行方不明の息子ジョアン(リカルド・トレパ)の消息である。ジョアンは悪事に手を染め刑務所に入っていたのだ。 ある日、突然ジョアンが家族の前に現れる。しかしながら、父が会社の大金を預かっていることを知るや、それを盗み、再び出奔してしまう…。
1923年に書かれたポルトガルの作家ラウル・ブランダンの戯曲「ジェボと影」を元に、マノエル・ド・オリヴェイラ監督が描こうとしたものは何であろう。
20世紀のはじめ頃、小さな家を守ろうとするのは家長の仕事であった。老いたジェボが息子の消息をひた隠しにするのも、妻や息子の嫁を守ろうとする《家父長的責任感》からであった。再びの裏切りにもかかわらず、またしても息子を守りぬこうとするジェボ。彼は、自分が息子をまともに育てられなかった責任を取ろうとするのだ。しかし、それはもはや不可能であり、手遅れである。そのことも知っているが、それでも自分が撒いた種は自分で摘み取ろうとするのである。
オリヴェイラ監督は、現代が自分たちの手に負えぬほど自然破壊と拝金主義的な欲望の肥大化による人心の荒廃を招いたことを、旧世代の人間として、せめてその責任を取ろうではないかと言っているように思われる。これは、1世紀以上を生きてきた監督だからからこその誠実さであり、覚悟のほどであると思う。
ジェボの家にお茶を呼ばれに来るジャンヌ・モローとルイス・ミゲル・シントラ。芸術や音楽など何の飯の種にもならない話をする。でもそれが人間ではないか(映画などなくても生きていけるかもしれないけど、それなしに生きていけない人間もいるんです)。
無責任極まりない人々(特に政治家)に、オリヴェイラ監督の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
(夏目 こしゅか)
公式サイト⇒ http://www.alcine-terran.com/kazoku/
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