『コーヒーをめぐる冒険』
原題 | OH BOY |
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制作年・国 | 2012年 ドイツ |
上映時間 | 1時間25分 |
監督 | ヤン・オーレ・ゲルスター |
出演 | トム・シリング、フリデリーケ・ケンプター、マルク・ホーゼマン、カタリーナ・シュットラー、ユストゥス・フォン・ドホナーニ他 |
公開日、上映劇場 | 2013年3月29日(土)~シネ・リーブル梅田、4月5日(土)~京都シネマ、4月12日(土)~神戸アートビレッジセンター にて公開 |
~ベルリンの街をさまよう青年の、どこかコミカルで調子っぱずれな一日~
あああ、綺麗だなあ…と画面に目を凝らし続けていた。モノクロ映画である。黒から白までの微妙なグラデーションが、オールカラーよりもずっと陰影が深く、味わい深いものであることは周知であるが、モノクロのほうが、作り手の“色”がより濃厚に出てくるというパラドックスは実に興味深い。この映画は2013年ドイツ・アカデミー賞で作品賞、監督賞を含む6部門に輝いた、監督ヤン・オーレ・ゲルスターのデビュー作。大きな注目を浴びた30代前半の彼が、これからどんな進化形を見せてくれるのか、そのポテンシャルを凝縮した作品になるのではないかと感じさせるのは、やはりモノクロのインパクトが大きな力を持っているからだ。
主人公の青年ニコをめぐる、或る日の朝から翌日の夜明けごろまでの物語。恋人の部屋からこっそり抜け出そうとして、彼女に見つかり、何だか問い詰め言葉を投げつけられたのが、そもそもの始まり。彼はそれからずっと、飲みたいコーヒーを飲み損ね続ける。カフェでべらぼうな値段を要求されて諦めたら、コーヒーマシンは故障中だし、やっと見つけたコーヒーポットも空っぽ。飲みたいのにことごとく拒絶されるコーヒーは、ニコと周囲の世界との不協和音そのものだ。また、出会う人間がどこかしら皆おかしい。飲酒運転で取り上げられた車の免許を難癖つけて返してくれない面接官や、無賃乗車を取り締まる駅の係員二人組、ダイエットで別人の容貌となった昔の女子同級生ほか、ニコに圧力をかけてくる輩ばかり。そんなツイテないニコだが、それぞれのエピソードに重苦しさはなく、思わず笑みを誘うユーモアが吹き込まれている。そうして、ニコに訪れた最後の出会いと別れは、意外なものになる。
ベルリンの街で“ただ考える”日々を送っていたニコは、いわゆるニートである。考えているが、先が見えない。どこか場当たり的にしか生きられない。しかし、長い一日の果てに、彼が手にした“コーヒー”は、これまでとは異なる色や香りを放つのかと思った。ニコを演じたトム・シリングはハンサムでいてやや小柄。『バック・トゥー・ザ・フューチャー』に出た頃のマイケル・J・フォックスの面影が思い出されて仕方がなかった。時代は違うが、主人公像も似通っているように思う。
繊細なモノクロ映像に、ジャズの音楽が寄り添う。ジム・ジャームッシュ監督作品が大好きな私にとって、ぴたりと感覚の合う作品だ。歴史の影があちらこちらに残存するベルリンの街が、なぜかニューヨークのダウンタウンにも見えてきた。
(宮田 彩未)
公式サイト⇒ http://www.cetera.co.jp/coffee/
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