『伝説のレーサーたち―命をかけた戦い―』
原題 | 1 |
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制作年・国 | 2013年 アメリカ |
上映時間 | 1時間51分 |
監督 | ポール・クラウダー |
出演 | バーニー・エクレストン、マックス・モズレー、シド・ワトキンス、ジャッキー・スチュワート、ジョン・サーティース(ナレーション:マイケル・ファスベンダー) |
公開日、上映劇場 | 2014年3月1日(土)~TOHOシネマズ日劇、TOHOシネマズ梅田 他にて緊急ロードショー! |
~“事故死の歴史”F1レース映画の人生哲学~
映画評論家ポール・ローサはドキュメンタリー映画について「事実の創造的劇化」と定義付けた。この定義はその後、テレビ・ドキュメンタリーで“やらせ問題”にまで発展したが、F1レーサーのドキュメンタリー映画「伝説のレーサーたち~」に劇化など不要だった。
F1レースはテレビか映画でしか見たことがない門外漢にも命をかけたF1の迫力とスリルには引き込まれた。1年に何人ものドライバーが事故で死亡する事実は知っていたが、F1史とも言える映画を見てケタはずれの破天荒さに驚いた。
これは健全なスポーツなどではあり得ない。人気もあり、有名な世界チャンピオンが壮絶なクラッシュであっけなく死んでしまう、こんな悲劇が何年かに1度にしても当たり前のように起こる不思議な世界。『伝説のレーサーたち~』はそんな“モーレツな歴史”を追う。
スポーツ映画は「本物に勝てない」というのが持論だが、スポーツならざるF1レースはどうか。先頃公開された劇映画『ラッシュ/プライドと友情』に感動した。出来すぎたように見えたドラマは本当にあった“嘘みたいな話”だった。つまり、作り事の劇映画もドキュメンタリー映画のリアリティーに肉薄しうる素材、それがF1の特異性であり、魅力。『伝説のレーサーたち~』はその核を突いていると思う。
映画は、'60年代から始まり、貴重なアーカイブ映像で数々の伝説レーサーが登場する。名前だけは覚えがあるジャッキー・スチュワート、エマーソン・フィッティパラディ、ナイジェル・マンセル、先の『ラッシュ』の主人公ニキ・ラウダとジェームズ・ハント、今も活躍するミハエル・シューマッハ…。ここに名を挙げたのは生存レーサーで、それ以外に事故死したレーサーが“墓碑銘”のように続々と登場する。
'68年、ジム・クラークがクラッシュして死亡したのをはじめ4カ月連続でドライバーが死亡した。技術の進歩で、より速いスピードを可能にしたF1マシンはその分、より危険になり、命を脅かすシロモノになった。ドライバーには“生と死の二律背反”でもあった。
F1映画はハワード・ホークス監督『レッドライン7000』('65年)とジョン・フランケンハイマー監督『グラン・プリ』('66年)が代表格として記憶に残るが、それ以上にスタンリー・クレイマー監督『渚にて』('59年)の自動車レースが印象深い。F1レースではなかったが、核爆弾で地球が死の灰に覆われ大半が死亡、かろうじて生き残った人々がオーストラリアで暮らす設定のSF映画だった。もう少しで人類滅亡の時を迎える彼らが、自動車レースに熱狂するシーンが興味深かった。滅亡の危機が迫った人類にはもう怖いものはない、という表現だったのだろうか。
『伝説のレーサーたち~』は車載カメラによるド迫力レース映像、壮絶なクラッシュシーンに本物の迫力を感じさせたが、随所にはさまれるドライバーたちの生声がこの映画の真髄。 あるドライバーは「限界まで攻めると、またやりたくなる」といい、別のドライバーはF1を宇宙開発に比して「生死を越えて新しい世界に届く」ものとした。 最も印象的だったのは「世界中の人々は生きる情熱を探している。それを見つけた僕は幸せだ」と普遍的な人生哲学にまで言及していて驚いた。
レーサーは安全な車と速い車を並べると、速い車を取る。「レーサーが安全を考えはじめると終わる」といい、レース前、鏡を覗いて自らに「死ぬ覚悟は出来ているか」と自問する者もいる。死のリスクを恐れない、というより、敢えて飛び込んでいく、それがF1レーサーなのだった。
もっとも、何度もショッキングな死亡事故を経験して、ドライバーたちも選手会を結成したり、主催者側もガードレールの整備や脳外科医の常備、ヘリの待機など医療態勢が充実し、70年代以降、安全対策に本腰を入れ始めた。事実、'94年に“音速の貴公子”アイルトン・セナが事故死し、世界中に衝撃を与えて以来、20年間、無事故死記録がつづいているという。
映画の冒頭、'96年のオーストラリアGPで派手なクラッシュシーンがあってF1の恐ろしさを見せ付けるが、大破した車から助け出されたドライバーは不思議なことに無傷だった。この事故では死亡者はなかった。F1はようやくまともになった、と言えるかも知れない。命をかけることが“生き甲斐”というドライバーたちにとってはどうか分からないが…。
(安永 五郎)
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