『キャプテン・フィリップス』
原題 | CAPTAIN PHILLIPS |
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制作年・国 | 2013年 アメリカ |
上映時間 | 2時間14分 |
監督 | ポール・グリーングラス |
出演 | トム・ハンクス、キャサリン・キーナー |
公開日、上映劇場 | 2013年11月29日(金)~新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 ほか全国ロードショー |
★アメリカが待望していた“働く英雄”
いきり立って銃をぶっぱなしながら襲いかかる海賊、武器もなく防御するだけで精いっぱいの船長フィリップス(トム・ハンクス)…ソマリア沖で海賊に乗っ取られ乗組員20人の代表として人質になり、身の危険を顧みない勇気を世界に見せた船長は、アメリカ人が待望していたヒーロー像に違いない。
実話の映画化『キャプテン・フィリップス』でトムが演じた船長にアメリカ映画伝統の英雄像を見た。敵と戦うほど強くない、格好良くもない、だけど乗組員を守ることで職務を全うしようとする船長こそが、善良な一家の主、額に汗して働く男たちの英雄だった。 09年4月、援助物資を積んでケニアに向かっていたアメリカのコンテナ船アラバマ号が、ソマリア沖で悪名高い海賊に襲われる。救援要請空しく、武器を持たない船員たちは「放水による防御」と信号弾以外に対抗手段なく、4人の無法者にあっけなく占拠される。 フィリップス船長は船員たちに広い船内に隠れるよう指示、一人海賊たちに捕まり、なだめながら困難な交渉を始める。隠れていた船員一人が海賊のリーダーを捕獲したことからフィリップスの要求通り「3万㌦だけ受け取り、救命艇でソマリアへ向かう」ことになる。
船長は銃を向けられていたが、脱出するならこの時がチャンスだった。だが、乗組員のピンチに「俺を撃て」と言ってかばった船長は20人の代表として人質になることを選ぶ。ヒーローでも、ヒーロー志願でもない。それはまじめに働く男にとって当然の職務にほかならなかった。
海賊が乗り込む直前、あるベテラン乗組員が『25年仕事してきたが、海賊と戦うほどの給料は貰ってない』とグチる。この時、船長は『嫌な者は次の港で降りろ。俺たちは援助物資を運ぶ』と断固言い放つ。彼は一人、海賊とともに救命艇に乗り、ソマリアへと向かう。興奮している海賊たちに手荒な仕打ちを受け、船長は何度も命の危険にさらされる。
海賊からの護衛任務でソマリアまで行った身近な親族がいたので、アラバマ号の事件は他人事とは思えないスリルがあった。アラバマ号の異変は米軍も察知、米国内で大騒ぎに。オバマ大統領から直々に救出指令が出され海軍特殊部隊(ネイビー・シールズ)に出動命令が下る。状況の不利を知ってうろたえる海賊たち。その都度、「殺す」と脅されるフィリップス。シールズは着々と準備を進めるが「船長の命最優先」のため、強行策に踏み切れない。船長も一度は逃げ出しながら捕まってしまう。闇夜に乗じて海に舞い降りたシールズの急襲はいつか? 冷静沈着だったフィリップスの精神力にも限界が訪れる…リアリティー満点、緊迫感あふれるグリーングラス演出にすっかり引き込まれる。実話に材を取った一級の娯楽作品である。
★静かに耐える天然ヒーロー
大スター、トム・ハンクスをひとことで言い表せば「純朴で素直な青年像」になろうか。戦う男でもなければ強くもない。ハリウッドの歴史でみれば、ジョン・ウェインやスティーヴ・マックィーン、最近ならトム・クルーズといった正統派の戦うヒーローからは遠い位置にいる。“裏のヒーロー”と言えばいいだろうか。
最初に印象深かった『スプラッシュ』(84年)では、なんと人魚に恋する青年。『ビッグ』(88年)では、カーニバルで魔法の機械にコインを入れ「早く大人になるよう」願をかけた少年トムが、一夜明けたら立派な大人になっていて、玩具メーカーに就職し次々とアイデアを出して成功する、まことにファンタスティックな作品。この時、トム32歳。無垢な少年が「そのまま大人になった青年」など彼にしか出来ない役どころだった。
素朴な持ち味を存分に発揮したのはロバート・ゼメキス監督『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94年)。知能の発達は遅れているものの、無類の純粋さと人の良さ、足の早さで時代の事象や人物、事件と関わっていく、一風変わった青年像もまた彼の独壇場だった。 『フィラデルフィア』(93年)ではエイズと診断され苦悩する弁護士を演じ、アカデミー賞主演男優賞、翌年『フォレスト・ガンプ』で“2年連続”の快挙を成し遂げた。つづく95年『アポロ13』も大ヒットし、3年連続の有力候補になったこともある。
トム演じる英雄はだからいつも並みじゃない。『フォレスト・ガンプ』の一風変わった青年がその典型だし、『アポロ13』で事故を起こした月ロケットから無事地球に帰還する宇宙飛行士、『キャスト・アウェイ』(00年)では飛行機が墜落しながら助かり、孤島でサバイバル生活をする男…彼は宇宙や大自然を相手に困難な戦いを挑む男がよく似合った。 『キャプテン・フィリップス』もまた、トムはひたすら耐えてチャンスを待つ。海賊を相手に粘り強い交渉を続ける、こんな地味なヒーローもまたトム・ハンクスの独壇場だろう。
最近のハリウッド映画、とりわけ今夏はアメコミ・ヒーローが主力で、大量破壊、大量殺戮に明け暮れた感があった。派手なアクション、大がかりなCGは物凄い映像で見る者の度肝を抜いたが、いささか荒唐無稽に過ぎ、共感出来かねるものも少なくなかった。
破壊一辺倒を反省したのか、黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンを描いた『42 世界を変えた男』、次いで『キャプテン・フィリップス』といった“実在のヒーロー”がしみじみと感銘を与える映画が登場する。そこに落ち着きを取り戻したアメリカの反省も感じ取れそうだ。
(安永 五郎)